もしかしてトホホ(http://blog.livedoor.jp/takurere1025/)の別館です。表現系に特化して更新します。


by koharu-annex

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皆様、こんばんは。

コメントへのお返事が滞っていてすみません。
実は、ここのところ・・・暇さえあれば、ずっと漫画を読んでいたのです。

コメント欄で教えて頂いた、こちら。

キス&ネバークライ(1) (講談社コミックスキス)


小川 彌生 / 講談社

小川彌生著「キス&ネバークライ」(講談社コミックスキス)の1~7巻を、近所のブックオフで見つけて大人買い。
(ちなみに・・・同じく教えて頂いたモロゾフさんのキスアンド~は置いてなかったよ!)

読んで初めて、ワタクシ、この漫画がフィギュアスケートのうち「アイスダンス」を扱っていることを知ったのでありますよ(表紙がいつも女性1人なもんですから、てっきりシングルかと・・・)。

そのことを、いつもご本とお菓子を送ってくれる友人に話したところ、こちらの漫画を全巻送ってきてくれました。

PARTNER 7 (フラワーコミックス)

名香 智子 / 小学館

名香智子著「パートナー PARTNER」(小学館)です。1巻の初版が昭和56年、最終巻(17巻)の初版が昭和62年の古い漫画です。
ワタクシ、この漫画のことは全然存じ上げなかったのですが、競技ダンスを扱った漫画です。

で、この7巻の159頁以下のセリフにですね、とても示唆に富むものがありました。
主人公の男女ペアが、競技ダンスの世界で最も権威のある英国選手権(ブラック・プール)において、プロ・ラテン全5種目の決勝進出を決めた場面で、彼らのダンススクールの経営者夫婦が発するものです。

夫 「もっとも これが グレート・チャンピオンだった英国審査員たちでなかったら またちがう結果になっていたかもしれないがね」

妻 「ほかの審査員だったら・・・?」

夫 「責任ある立場の人間が 公の場で新しいものを認めるというのは 自分の目に絶対の自信がなければ できないことだ」

妻 「・・・・・・そうかもしれないわね」

夫 「そうさ 審査員の偉大さこそが この英国選手権(ブラック・プール)の権威なんだ」

これ、すごいセリフだなあ、と思ったのです。特に最後の夫のセリフ。

実際のブラック・プールの審査がこのようなものであるのか否か、私は存じ上げません。

しかし、ダンスに限らず、およそ「審査」が必要な競技においては、審査員の目が確かな競技会が最も信用性が高くなるのは当然で、そのような審査を継続して維持できれば、その競技会の権威が上がるのは間違いないのではないでしょうか。

また、競技会の審査に限らず、新聞・テレビ・雑誌などのマスコミにおける、舞踊評論やフィギュアスケートの解説やアナウンサーのしゃべりなどにも、同じことが言えるのではないでしょうか。

ついでに言っちゃうと、上記のセリフでは「新しいもの」を認めることの難しさに言及しているわけですが、「当たり前のもの」を「当たり前」に評価するということを、誰に対しても公平かつ継続して行える人って・・・案外少ない。

フィギュアスケートの審査員って大会ごとに固定されているわけではないようなので、審査員がその大会の権威の根拠となることは無理みたいですが、少なくともTV報道の解説者やアナウンサーについては、ある程度固定されているわけですから、信用性のある、そして(現在は到底そのようなレベルじゃなさそうだけど)将来「権威ある」と呼ばれるような報道を目指して欲しいデスね。
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by koharu-annex | 2010-08-26 03:04 | 考察(フィギュアスケート含む)

夢やぶれて

本日午前10時から一般発売だった、NHK杯国際フィギュアスケート競技大会のチケット。

友人3人と頑張りましたが・・・


取れませんでした~~~!!


がっくり。
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by koharu-annex | 2010-08-21 19:13 | フィギュアスケート男女
身体を使った表現者には、「雰囲気で勝負する人」っていうのがいるんですわね。

ここでいう「雰囲気で勝負する人」というのは、技術(演技力や情感を込める技術も含まれる)はぴかイチではないけど、独特のオーラのようなものを持っていて、舞台上で特有の雰囲気を出すことができる人、という意味です。

なので、技術もぴかイチでオーラもある、という人は含まれません。
逆に、技術そこそこ、オーラもなし、という人も入りません。(プロでも群舞を含めると数としてはこのタイプが最も多い。)
また、以前は身体能力を生かした技術で売ってたけど、年を重ねて身体能力が減退するに従い、役者のような演技や情感を込める技術が高くなり今はそれで売っている、という技術種類の転換に成功した人も含まれません。

「雰囲気で勝負する人」には、多くの場合、ファンがついています。

その理由は、3つあります。
1つめは、「雰囲気で勝負する人」というのは、そもそも美形またはスタイルの良い人が多くて、そこに惹かれる人が存在するからです。
2つめは、ルックスはさておき、その有するオーラや雰囲気が好き、という人が存在するからです。(とある女性表現者の、顔はともかくエロい雰囲気が好き、という男性はここに入る。笑)
3つめは、「雰囲気で勝負する人」の一定割合は、昔はぴかイチの身体能力を持っていたけど今は失くしてしまい、演技派・情感派への転換もうまくいかなかった人なんですが、昔のファンの一部がずっと応援し続けてくれるからです。

これらのファンの存在が、初めてその「雰囲気で勝負する人」を観る人に、正当な評価をさせないことがあります。人の心理として、「こんなに大勢のファンがついているってことは、きっとスゴイ表現者に違いない」、あるいは、「こんなにファンがついている人の素晴らしさが分からない自分が、勉強不足に違いない」、などと思ってしまうからです。

特にその表現者が昔技術を持っていた人である場合、ファンは表現者のほんのちょっとした動作からも、昔日の高い技術の残滓を嗅ぎ取り、それを過大に評価する傾向があるので、なおさら新参者の鑑賞者を混乱させることがあります。
もちろん、そのほんのちょっとした動作が、身体能力を失ったその表現者が見出した究極の表現であることもあるわけで、それはそれで評価の対象にはなり得るものです。しかし、そのようなケースは、極めてまれです。しかも、そのような究極の表現というものは、鑑賞者にも極めて高いレベルの鑑賞眼を要求するものであり、おいそれと見極めることはできませんから、少なくとも普通レベルの鑑賞者は無視しても構わない事項といえます。

ところで、メディアというものは、自社が後援する公演の宣伝のために、その出演者について、評論目線の形式を使って、一方的な応援目線で評価したコメントや文章を盛んに発信します。

これと同じことを、多くのファンの方達は、無意識にやってのける。
もちろん、どの世界においても、ファンの発言というものは、その多くが応援目線で発せらます。これは当然のことで、そのことに全く問題はありません。

しかし、やっかいなことは、ファンの方自身が、ご自身の発言について、客観的には応援目線からのものであるにもかかわらず、主観的には評論目線からのものであると思っている場合があるということです。

さらにやっかいなことは、マスコミについては「自分とこが後援してるからね~」と懐疑的に見ることができても、経済的な利益が直接には感じられない、一般人や一部の評論家・解説者の発言については、それがファンの応援目線からのものではないか?という疑問を、その評価を参考にする側が持ちにくいことです。

ある表現者に対する評価を検討する際、それが応援目線からのものなのか、純粋な評論目線からのものなのか、常に気をつけて見極めるべきです。
そして、その際には、形式的には客観的な立場で発していると思われる一般人・評論家・解説者の中にも、公言していないだけでファンがいる、という事実を忘れないことです(ファンであることについて、潜在意識にあるだけで、ご自身が認識していない場合もあると思います)。

このポイントは、対象となる表現者が「雰囲気で勝負する人」であろうがなかろうが、常に持っているべきものでしょうが、私が見たところ、「雰囲気で勝負する人」の評価について最も問題が多い気がするので、敢えて指摘しました。

ご自分の鑑賞眼(審美眼)を信じること。それが一番です。
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by koharu-annex | 2010-08-20 16:22 | 考察(フィギュアスケート含む)
*現在も旅行中です。この記事の感想部分も前回(Aプロ)に引き続き旅先で書いてますので、後日、パンフレットを見て加筆するかもしれません。


エトワール・ガラ2010 Bプログラム
2010年7月31日(土)午後2時~ @Bunkamura オーチャードホール

【第1部】

●「コッペリア」第2幕 《日本初演》
振付: J.ギヨーム・バール
音楽: L.ドリーブ
出演: ドロテ・ジルベール、ジョシュア・オファルト

ジルベールさんが可愛かった。
オファルトさんは、もう少し頑張って下さい、ということで。


●「ロミオとジュリエット」よりバルコニーのシーン
振付: K.マクミラン
音楽: S.プロコフィエフ
出演: エフゲーニヤ・オブラスツォーワ、マチュー・ガニオ

この2人は、いずれも所属カンパニーの関係から、マクミラン版は踊り慣れていないのではないかと思います。

特徴的な腕を絡ませるシーン(ロミオが上に伸ばした腕に、ジュリエットが自分の腕を絡ませる)など、振付から外れてはいないんだけど、その意味するところについては未消化な印象です。
また、いくつも繰り出されるマクミラン特有のリフトの場面では、2人とも振付はこなしているんだけど、動きがぎこちなく危うい。

そのため、世の中のPDDの中で特に人気のあるものの1つである、ロミジュリのバルコニーのPDDなのに、拍手が少なめでした。
マクミラン版は、日本人が最も親しんでいるバージョンなので、上のような特徴的なシーンやリフトで「こなれていない」感じが出てしまうと、どうしても評価が下がってしまうのですよね・・・。

ただ、オブラスツォーワ&ガニオさんのカップルは、初々しい感じが出ていて、私は好きな組み合わせでした。


●「フラジル・ヴェッセル」 《日本初演》
振付: J.ブベニチェク
音楽・ S.ラフマニノフ
出演: シルヴィア・アッツォーニ、アレクサンドル・リアブコ、イリ・ブベニチェク

パ・ド・トロワ(3人の踊り)って、振付けるのも踊るのも、案外、立体的で難しいと思うのですよね。
群舞よりもむしろパ・ド・トロワの方が、幾何学的な思考が必要なのではないか?と勝手に想像しております。

この作品の音楽は、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番の第2楽章なのです。
超有名曲だけに、振付がしょぼいと音楽だけが悪目立ちしちゃう結果になったと思いますが、ブベニチェク氏のこの作品は、どこかどうとは言い難いのですが、何だか妙にはまっていて良かったです。

彼の振付って、とんがりきらずに、適当なところで(というと語弊があるけど)観客側と折り合いをつける感じなのですが、それでいて、「平凡な振付」と切って捨てるのはもったいないと感じさせる何かが確実にありますので、現代作品としての満足感もちゃんと得られます。

多くの人にとっては、コンテンポラリー系のダンスは、このくらいのバランスが良いのではないでしょうか。後世どれくらいまで残るかは別にして。


●「プルースト~失われたときを求めて」より囚われの女
振付: R.プティ
音楽: C.サン=サーンス
出演: エレオノラ・アバニャート、バンジャマン・ペッシュ

とある男女のむなしい関係をアバニャート&ペッシュさんが好演。

舞台下手よりに、幅2メートル程度の長く白い薄手のカーテンが垂らされています。このカーテンが、作品の最後で、上からはらりと落ちてくる演出だったのですが、それが、その後の男女の結末を暗示するかのようで、切なくて良かったです。


●「ディーヴァ」
振付: C.カールソン
音楽: U.ジョルダーノ
出演: マリ=アニエス・ジロ

マリア・カラスの「亡くなった母を」をバックに、ジロ女史が職人系の踊りを披露。

衣装はシンプルなストンとしたロングドレスなのですが、このドレスの上半身のデザイン(アメリカンスリーブの変形)が、ただでさえガッチリしているジロさんの肩~上腕二等筋のごつさや大胸筋の発達具合を強調していました。
こだわりがあるのでなければ、次回からは変えた方が良いのではないかしら。
彼女の肩~腕~胸の筋肉とごつさに、無駄に視線を集めちゃうので。


【第2部】
~バレエ・リュスへのオマージュ~
●「薔薇の精」
振付: M.フォーキン
音楽: C.M.フォン・ウェーバー
編曲: H.ベルリオーズ
出演: エフゲーニヤ・オブラスツォーワ、マチアス・エイマン

エイマンさんは、跳躍は極めてひっじょーにいいのですけど(どよめきが立つほど)、回転がちょっと不安定ですね。何でもない回転なのに軸がぶれることがある(何でもなくない回転のときは、たいていぶれる)。

Aプロ・Bプロ通じてそう感じたのですが、3月に拝見したオペラ座の「シンデレラ」(こちら参照)のダンス教師役のときはそのような印象はないので、今回は調子が悪かっただけかもしれませんが。

最後の場面での窓から飛び出す跳躍は、少し遠慮気味なものでした。ぶつからないように神経を使っている雰囲気が漂っていたので、舞台の大きさや舞台装置の配置の関係かもしれませんね。
今となってはどの程度のものだったか検証不可能とはいえ、ニジンスキーの伝説のジャンプの箇所なので、どうしても多くの人が注目しちゃうのは間違いなく、躊躇した感じがうっすらとあったのは、ちと残念でした。

あとね、この衣装。
エイマンさんの脚の美しさが分かる部分は良いのですが(私は彼の脚の形がとても好きです)、あの薔薇のお帽子は、少々お髭と眉の濃いエイマンさんのお顔には似合いませんわね・・・。


●「瀕死の白鳥」 《日本初演》
振付: D.ウォルシュ
音楽: C.サン=サーンス
出演: マリ=アニエス・ジロ

舞台に向かって右前方のドア(私の座席の近くだった)から、突如、ジロ女史が入ってきて、観客席の間をハイヒールの音を響かせながら舞台まで歩き、観客席から直接上る階段で舞台上に登場するという演出。

舞台に上った後、タバコを一服ふかしてから始まります。

ウォルシュの「瀕死の白鳥」は、人間の女性に化けた白鳥が、ざわめくパーティー会場の中、ある瞬間に思わず正体を垣間見せる、という趣向。
ちょいと夕鶴の「つう」のようです。与ひょうは出てこないけど、きっと彼女の与ひょうがいるんだろうなあと想像させるというか・・・。また、ばたつこうとする羽を必死で押さえこもうとする振付があるのですが、そこが、ここではないどこかへ飛翔(あるいは逃避)しようとする心を、必死に今生きてる現実世界に押しとどめようとしている現代人を象徴するようでもありました。

ジロはこういうのやるとうまいなあ。哀しみとけなげさが伝わってくる。

この作品を踊るジロ女史を見て気付いたのですが、彼女ってかなり右肩がアンバランスに上がっているのですね。両腕を同時に回してくる振付では、それが顕著に見えて、「バレエダンサーでも、両肩のバランスがここまで違うことってあるんだ~」と新鮮な驚き。
(彼女の名誉のために申し上げますが、ある年齢以上の殆どの人間は、両肩のバランスが違っています。私もそうですが、右肩でバッグを持つ癖がある人は、右肩が上がっています。ちなみに、着物の着付けの際、肩のバランスが悪い場合には一方の肩にだけ補正をすることがあります。)

なお、私の隣に座っていた方は、ジロの体格があまりにもがっちり型なので、女装した男性ダンサーが踊っているのだと思っていたそうです(笑)。


●「牧神の午後」よりプレリュード 《世界初演》
振付: D.ボンバナ
音楽: C.ドビュッシー
証明: B.チュッリ
出演: エレオノラ・アバニャート、バンジャマン・ペッシュ

ボンバナ版は、女性と男性がチェンジしています(つまり牧神が女性)。
また、時代設定も現代に置き換えられていて、ヴェールがTシャツになってます(なので、もちろん、牧神はモーモーさんの衣装ではありません。笑)。
有名なラストシーンは、女性ダンサーが男性ダンサーから脱がせたTシャツの臭いをかぐ設定に変更されています。これが「のだめちゃん」を彷彿とさせて、私にはツボでした。


●「幻想~“白鳥の湖”のように」第1幕より
振付: J.ノイマイヤー
音楽: P.I.チャイコフスキー
出演: シルヴィア・アッツォーニ、アレクサンドル・リアブコ

この作品は、狂王ルートヴィヒⅡの人生を描いたもの。
今回のPDDは、ルートヴィヒの友人とその恋人のPDD。
ルートヴィヒⅡの理想のカップルの踊りなのですが、そこだけ取り出して、この複雑な作品全体を感じるのはなかなか難しい。

アッツォーニ&リアブコさんは、愛と美しさだけでなく、そのような理想の2人そのものが幻影のような儚さを持つものであることを体現していて善戦。さすが演技派と思わせるものがありました。


●「プルースト~失われた時を求めて」よりモレルとサンルー
振付: R.プティ
音楽: G.フォーレ
出演: マチュー・ガニオ、ジョシュア・オファルト

今年2回目のモレルとサンルーです(1回目はルグリの新しき世界でのコテとホールバーグ。こちら参照)。

コテ&ホールバーグさんの方が、官能的でしたね。
オファルト&ガニオさんの方が長いバージョンだったのでお勉強になりましたが、このお2人、少年の頃からバレエ学校の同級生だったため、「長年の友人」という関係性が出来上がってしまっていて、それ以外の雰囲気を作り出すことが難しいのではないか?という印象でした。

素の関係性以外の雰囲気を演技によって構築できないのは、もちろん2人の責任だと思いますが、私はガニオさんの方が責任が重いと思いました。
ちょっと彼・・・今、行き詰っている感じがするのです。この作品以外でも、迷いがあるというか、彼の目の前に、薄くて半透明だけど明らかに何かしらの「壁」があって、まだそれを乗り越えられていない感じ。
スキップして特急でエトワールに指名され、もう何年もエトワールを張ってきているけど、彼はまだ26歳。若さと責任ゆえの迷いはあって当然ですので、楽しみに成長を待ちたいと思います。

ところで、ガニオさんは、お顔の美しさだけが取り上げられがちですが、肉体も極めて美しいです。
身体がシンメトリーで、胸~肩~腕・胸~首のストレッチが完璧。
可哀想だけど、隣で踊るオファルトさんは見劣りしました・・・


●「アパルトマン」よりグラン・パ・ド・ドゥ
振付: M.エック
音楽: フレッシュ・カルテット
出演: マリ=アニエス・ジロ、イリ・ブベニチェク

舞台美術はドア1つなんですが、ハンマースホイの絵画を思わず連想しちゃうような雰囲気。
ドアを挟んで、中にいる女と、外にいる男(帰宅か訪問かは不明)との関係性を描くもの。
ジロ&ブベニチェクさんという、職人系演技派ダンサーにはぴったりの演目ですね。

最後にガタイのいいジロ女史が、ブベニチェクをひょいとおんぶして退場していく姿(仲直りして旅行にでも出かける?)が楽しかった。


●「スターズ アンド ストライプス」
振付: G.バランシン
音楽: J.P.スーザ
編曲: H.ケイ
出演: ドロテ・ジルベール、マチアス・エイマン

しっかし、この作品、ロシア人たるバランシンが、アメリカでいかにはしゃいでいたか良く分かる作品ですね。

バランシンは、この他にもアメリカ色の強い作品を数多く作っているし、それらの作品には、彼がアメリカという新天地で、アメリカ文化に純粋に触発されて創作したと感じられるものも多いです。
だけど、この「スターズ アンド ストライプス」に限っては、私はアメリカに媚びてる印象を強く受けてます。
アメリカ人やアメリカという国に対してマイナス感情を持っている人は、おそらくかなり辟易するレベルではないかと想像する次第。

ジルベール&エイマンさんは好演していましたが、この作品には、突き抜けたような明るさと、それに裏打ちされた(根拠レスな)自信を持っているダンサーの方が、圧倒的に合う。
一般的なキャラとしては、南北アメリカのダンサーが良いでしょうね。
オペラ座のダンサーが無理しないでもいいよ~、というのが正直なところ。
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by koharu-annex | 2010-08-14 04:18 | バレエ(座長公演)
*今、旅先で感想部分を書いているので、パンフレットが手元にありません。後日、パンフレットを見て、感想部分に加筆するかもしれません。

エトワール・ガラ2010 Aプログラム
2010年7月28日(水)午後7時~ @Bunkamura オーチャードホール

【第1部】

●「シルヴィア」第1幕より
振付: J.ノイマイヤー
音楽: L.ドリーブ
出演: シルヴィア・アッツォーニ、アレクサンドル・リアブコ

シルヴィア役のシルヴィア(笑。敢えて選択?)がワイルドでした。
むしろじゃじゃ馬、それが悪けりゃアマゾネスの風情ですね。
弓を尋常でない勢いで、ぐぉーっと引いて矢(これはマイムだけどね)を放つの。わ~、何をしとめるおつもり!?と、身構えしてしまいましたよ(笑)。
私はもう少しニンフの雰囲気を出したシルヴィアが好きですが、これもありかな、と。


●ローラン・プティの「カルメン」よりパ・ド・ドゥ
振付: R.プティ
音楽: G.ビゼー
出演: エレオノラ・アバニャート、マチュー・ガニオ

アバニャートさん、健闘していました。
マチューさんは良くも悪くも貴公子然としていているので、女に堕ちていくホセとしては若干物足りないと思う方が確実にいらっしゃるでしょうね。
まあ、今や貴重な存在であるダンスールノーブルを地で行く26歳の彼に、「女に堕ちていく」感まで求めるのは贅沢すぎる話でしょうけども。


●「天井桟敷の人々」よりスカルラッティ・パ・ド・ドゥ
振付: J.マルティネス
音楽: D.スカルラッティ
出演: ドロテ・ジルベール、ジョシュア・オフォルト

今回のガラ公演で楽しみにしていたものの1つ、「天井桟敷」。
しかし、ガラ用に再構成されたものだったそうです。
そうすると全幕もののイメージからは離れてしまうわけで、ちょっと残念でした。


●「フェリーツェへの手紙」 《世界初演》
振付: J.ブベニチェク
音楽: H.I.F.フォン・ビーバー
出演: バロック・ヴァイオリン: 寺神戸亮、 ダンサー: イリ・ブベニチェク

ヴァイオリニストの寺神戸亮さんが、舞台上(上手手前)で客席の方を向いて演奏されました。
私の鑑賞経験では、こういうタイプの演目(演出?)の場合、演奏者が上手であればあるほど(そしてダンサーが下手であればあるほど)、踊りよりも演奏に観客の目が行ってしまう可能性があります。
踊りの舞台としては、(余計な)危険要素を抱えるわけですわね。
今回は演奏も素晴らしかったですが、負けず劣らずブベニチェクさんの踊りが素晴らしかったので、この危険は完全に杞憂に終わりました。

この作品は、確かカフカが婚約者(しかし結局結婚できず)と交わした手紙をモチーフにしたものだったと記憶していますが、ひりひりとした感情が伝わってくる、切ない作品に仕上がっていました。

ひりひりが最高潮に達した時のブベニチェクさんの踊りが凄まじくて、「ブベニチェク自身が振付けてるからここまで踊れるけど、他の人は踊れないだろうなあ・・・」と思いながら見てました。


●「人魚姫」第1幕より
振付: J.ノイマイヤー
音楽: L.アウアーバッハ
出演: シルヴィア・アッツォーニ、アレクサンドル・リアブコ

これもかなりひりひり系の作品。
バレエオタクの間ではとても有名な作品です。
振付師のノイマイヤーは現在68歳ですが(たぶん)、現役のコリオグラファーの中では傑出した1人だと思います。
ちなみに、山岸涼子さんの漫画「テレプシコーラ」第2部に出てくるN氏とは、彼のことです。

この作品、おとぎ話の人魚姫のストーリーをなぞるものではなく、作者のアンデルセンの苦悩を表出する道具として「異形の人魚姫」が登場するんですが、その異形の造形っぷりが、まず人の深層部分を突くんですよ・・・。

また、アッツォーニの「異形の人魚姫」への憑依ぶりが怖いの。
はー、いいもの見たけど怖かった。


●ローラン・プティの「アルルの女」よりパ・ド・ドゥ
振付: R.プティ
音楽: G.ビゼー
出演: エレオノラ・アバニャート、バンジャマン・ペッシュ

こちらは、とある魔性の女(でも彼女は舞台上には一切現れない)に取り込まれて、狂って自殺する男の話。
ペッシュが、壊れ始めから最終的に精神が崩壊していく男の様を分かりやすく好演。

男の婚約者で、自分を視界にいれようともしない男とのむなしい結婚式の様子を演じたアバニャートも良かったデス。


【第2部】

●「三銃士」全1幕 《世界初演》
振付・衣装・舞台装置: P.ラコット
音楽: M.ルグラン
出演:
 ミレディー(謎の女): マリ=アニエス・ジロ
 リシュリュー(枢機卿): バンジャマン・ペッシュ
 コンスタンス(侍女): エフウゲーニャ・オプラスツォーワ
 ダルタニヤン: マチアス・エイマン 
 アンヌ王妃: ドロテ・ジルベール
 ルイ13世(国王): マチュー・ガニオ
 三銃士 アトス: イリ・ブベニチェク
      アラミス: ジョシュア・オファルト
      ポルトス: アレクサンドル・リアブコ
 枢機卿銃士: キャスパー・ヘス、鈴木彰紀、平牧仁、大石治人、三好祐輝、野口俊丞
 街の女: オステアー・紗良


このガラのために創作された作品。
皆さん、楽しそうに踊ってました。ありがたいですね。

三銃士の1人オファルト君は、他の2人に比べるとちょっと踊りが見劣りしちゃいますが、このメンバーだと仕方ないか・・・。

エイマンさんは、キャラ的に「ちょっと小生意気そう」なところが、役柄にプラスに働きましたね。

ガニオさんは、この作品の登場人物の中では国王がいいんでしょうけど、地味なんですよね・・・。
アンヌ王妃が浮気してるのでは?と疑心をもってる設定らしいんだけど、そういうところは出せてなかった印象ですね。
そもそもこの作品(振付)自体がそこまで考えて作りこまれてはいないので、ガニオさんにそこまで求める方が無理かもしれないですが。
ガニオさんは、Bプロでも少々思うところがあり、私の中で少し歯がゆい存在になりつつあります。
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by koharu-annex | 2010-08-08 00:42 | バレエ(座長公演)

THE ICE 放映情報

いつも情報を豊富に下さる、とある鍵コメさまから、先日名古屋で行われたアイスショー「THE ICE」のテレビ放送について情報を頂きましたので、皆様にもご連絡いたします。
(鍵コメさまから、記事化のご了解をいただきました。ありがとうございます!8月5日午後5時30分追記)

YBC(山形放送) 8月15日13:00-14:25
KKT(熊本県民) 8月21日12:30-13:55
ABS(秋田放送) 8月21日13:00-14:25
*まだ追加の可能性があるそうです。

BS日テレ 9月25日・10月上旬
*日テレは、24時間TVでは真央さんを出演させる一方、彼女のショーである「THE ICE」については地上波では放送しないのだそうです。事情が諸々あるのでしょうが、なんとも気分の悪いことですわね。
*再放送についてのBS日テレのコメントはこちらです。
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by koharu-annex | 2010-08-05 01:15 | 2010-2011 フィギュアスケート