もしかしてトホホ(http://blog.livedoor.jp/takurere1025/)の別館です。表現系に特化して更新します。


by koharu-annex

カテゴリ:フィギュアスケート女子( 24 )

踊る女達の柔らかい身体

酒場にて。都知事選の選挙費用に50億もかかるのに、あんな候補達がわらわら出てくるだけなら、別に猪瀬で良かったじゃないか、俺の税金返してくれ~!と話しているオヤジが。皆、オヤジに直接反応することはなかったけど、店内には妙に納得した雰囲気があったのでした。確かにトホホな点はあります、都知事選。

とか言いながら、今朝、選挙公報読んでたらドクター中松が「50トンの筋トレ、骨密度20才」って書いてて、爆笑してしまったわ。地下鉄コンコースでも「トン…」って思い出し笑い。あぁ不覚。

さて、先日「踊る男達」の時代に登場した「踊らない女」の話をしましたが、本日は「踊る女達」の話を。今回の主役は、ユリア・リプニツカヤちゃんです。

身体表現においては、柔軟性があるに越したことはありませんが、柔軟性があればそれで万事OKかといえば、そうは問屋がおろさない・・・というか、その先にまた新たな世界へのステップがあるのが、表現の世界の面白いところ。

GPF女子雑感(こちら)で以下のように書きました。
キャンドル・スピンに象徴される彼女の180度(以上)開脚を含む動作、なかんずくラスト前に脚を前から上げて靴先を身体の方に向けた上で、上半身の軸を脚の方に傾ける姿勢に対する、私の正直な印象は、少なくとも今の段階ではちょっと曲芸寄りだってこと。

その理由はおそらく2つ。1つは、ストレッチした筋肉で支えられたポジショニングではなく、かつ「型」が身体に染みついた上で行うポジショニングではなく、極度に高い柔軟性という資質だけで身体を曲げているから。これは、彼女がまだ子供の身体である点に負うところが大きい。

もう1つは抒情性に欠ける点。彼女は今季から表現にも重点を置いていますが(こちら参照。コメント欄もできれば)、おそらくこの180度(以上)開脚は技術的な注意が必要なのでしょう、これをやるときには殆ど素なの(笑)。その場合、彼女の少し無愛想な表情に重点を置くと、まるで極秘で開発された柔軟な骨と筋肉を、人工的なプログラムで動かしているかのような、ちょっとした無機質さを感じる。

今回はこれらの点について、ちょっとだけ掘り下げてみようかなと。

極めて高い柔軟性による造形に「曲芸」臭を感じるかどうかの最も大きな分岐点は、そこに「洗練」があるかどうかだと思う。

身体表現において「洗練」さを出すキーは、究極的には「型」かもしれない。
舞踊には、古典的ものでも現代的なものでも(ストリートダンスなんかでもよ!)、「型」ってものがある。「型」という堅苦しい言葉を使うとイメージが掴み難いかもしれないけれど、「静的」なものと「動的」なものに分けることが出来て、前者はざっくり言えば基本的なポーズで、後者は基本的な動き・・・と言えば想像し易いんじゃないかな。

「型」の自由度は舞踊のタイプで異なるけれど、いずれも目的は「舞踊」にあるので、単に柔軟性のあることを見せるための雑技団系の曲芸に比べると、足先・手先・首・目線などの身体の末端部分まで、方向やら力の入れ具合など、結構細かい部分にまで気を使ったものが多いと思う(舞踊においては、細部まで理想形であることが全てではないけれど、神が細部に宿ることもまた事実)。

ちなみに、特にストリートダンスなんかでは、静的な型よりも動的な型の方がずっと重視されてて、熱心に研究され種類も豊富、という印象を持っています。古典バレエでは静的な型も超重要であることと比較すると、ダンスの潮流の変化を感じるわ。今のダンスは、ムービン、ムービン、ムービン!だわね(gの発音省略)。

話がそれました。
それで「型」を基礎からきっちり身につけて、理想的な「型」通りにしようと思うと、必然的に筋肉は鍛えられ、伸ばすべきところはストレッチされ、また必要な柔軟性を獲得もし、「型」により適した、踊る身体になっていくわけです。身体が「型」に適したものになるに従い「型」が身体に馴染み、無駄なく、力みなく、美しく、淀みなく、しかも決めるべきところはきっちりと決めた「型」で踊ることができるんですわ。そうなるとともに、踊りが洗練されてくる。

その過程において、特にある程度の柔軟性があれば、形だけは「型」に近いものができるようになる。極端な例だけど、柔軟性がとても高くて勘所も良い人などは、バレエのお教室に通い始めたばかりであっても、アラベスクのポーズ(もどき)ができたりするの。だけど、こういう柔軟性だけで取られた「型」は、それ用に訓練してきた筋肉や腱など様々なフィジカルな要素に支えられた「型」とは、洗練さのレベル、ひいては美しさのレベルが違う。

柔軟性だけの「型」は理想的な形とは若干異なることに加えて、そこに「踊るために訓練された何か」が足りないことを感覚が捉えるんだと思うのね。そこに見られる形は、むしろ、踊るために訓練された柔軟性ではない「中国雑技団」系の形と、共通項がより多く感じられるというか。だから、ちょっと泥臭く感じることもある。

この泥臭いという感覚、アメリカのジェイソン・ブラウン君の踊りを思い出してもらえれば、分かり易いかもしれない。基本的に人って柔軟な身体を見ると快感を覚えるから、彼の柔らかい踊りって見てて気持ちいいし、私も好きです。ですが、ちと、この泥臭さを感じます(断じて彼のヘアスタイルのせいではない!…はず)。彼は男子だから女子よりも筋肉量は多いはずだけど、でも今は、柔軟性という資質で踊りを乗り切っている部分が多いと思う。

ユリアちゃんは、バレエのレッスンをちゃんとしているからでしょうが、「泥臭い」という感覚を明確に覚えるほどではなく、むしろ年齢の割に型がしっかりしてる方だと思います(同年齢のラジオノワちゃんと比較すると明らか)。それでもやはり曲芸臭さをうっすら感じるのは、やはりあのキャンドルスピンが尋常じゃないからでしょうか(笑)。

ですが、この点については上述したように、時を経るごとに訓練された身体に支えられた「型」になり、そこに洗練さが出てくると思います。でも、もしかすると訓練が行きとどいた頃には、ここまでの柔軟性は消えているかもしれませんね。あそこまでの柔軟性は子供の体型でしか発揮できない可能性があるからです。

次に抒情性について。
既述の通り、ユリアちゃんは180度(以上)開脚をやる時に「素」なんだけど、元々の彼女がちょっと無表情で淡々としているところがあるため、動作が人工的で無機質、イコール抒情性が欠如しているように感じてしまう。踊りとしての抒情性が欠如しているように感じると、踊りなどの身体表現よりもむしろ、踊りではない「曲芸」に親和性があると感じてしまうという、という感覚の流れはあると思うのね。

ただ、そのほかにも「慣れ」の問題もあると思っています。
この点に関しては、バレエダンサー、ギエムにまつわる有名な話があるのです。
シルヴィ・ギエムが颯爽と現れてバレエ界に旋風を起こした頃、彼女のやった「6時のポーズ」ってのがあったの。あれはロレックスの広告にも使われたから、バレエの舞台を見ない人でも知っている人は多いと思う。

あのポーズに象徴されるように、ギエムは、脚をそれまでのダンサーよりもぐーんと高く上げたんですよ。以降、脚を高く上げるバレエダンサーが増えて、今じゃ昔レベルの脚の上げ方をされた日にゃ、逆に「脚がその程度の高さに保たれていることによってしか醸し出せないエレガントさ」ってものが感じられない限り、鑑賞者サイドとしては物足りなくなってたりする。少なくとも今のトップダンサーは、脚を敢えて上げない場合や身体的制限から脚があまり高く上がらない場合、そのポジショニングによりエレガントさを追求しないと、見栄えの点でちょっと損をすると思う。

実は、ギエムが脚を高く上げ始めた当時、評論家も含めたバレエ界においては「まるで曲芸」「全く優雅じゃない」として批判的な声もかなり多かったそうなのです。オペラ座でギエムを指導したヌレエフは、彼女が脚をグンと上げる度、バシッと叩いて低い位置まで下ろさせたそうですよ(笑)。でも、直後にギエムは再び脚を高く上げるんですって!(なんちゅう頑固さ(笑))。オペラ座から移ったロイヤルでも、彼女の脚の上げ方は同様に批判されています。

でも、彼女の踊りは脚の上げ方も含めて確固たる地位を確立し、上述したように多くのダンサーがそれまでよりも脚を高く上げるようになった結果、今は「こんなの曲芸」と批判的に見る方がマイノリティだと思います。もちろん「昔のバレエの方が品があって良かった」という人は結構います。が、現実問題として、多くのダンサーがギエムに追従した(その理由が「素敵!」だったのか「私だってできる!」だったのかは、このさい関係ない)結果、ギエムのような開脚にバレエ界は「慣れた」。これらの点を捉えて、ギエム以前、ギエム以後、なーんて言われることもある。

ギエムが世界を変えたように、ユリアちゃんに刺激された他のスケーター達が「素敵!」あるいは「私にだってできる!」と思ってトライすればするほど、柔軟性を見せつける動作はよりスタンダードになる。そういう状況に進みだすと当然「曲芸臭」は霧散する。一方で、そういう状況になればなるほど、柔軟性を基礎にした造形美を持たない女子選手(代表格はヨナちゃんでしょう)の演技は、バレエ界とパラレルに考えると、「柔軟性のない造形であるが故の特別なエレガントさ(あるいは特殊な別の魅力)」を新たに獲得しない限り、一層目に劣ることになる。

ただ、スケートがバレエと圧倒的に違うのは採点競技であること。
現在の採点では、そもそもスパイラル、イーグル、バレエジャンプなど美しい姿勢かどうかが露骨に分かる要素においてすら、「純粋な造形美」というものに殆ど重きを置いていない。180度(以上)開脚についてはスピンで得点の上積みができるものの(回転速度やポジションの変化等々で)、「純粋な造形美」を殆ど汲み取ろうとしない今の採点の現実を考えると、例えば新体操のように点数のために当然のように180度(以上)開脚が必要になったり、イーグル等でターンアウトを基礎にした造形美が必須になるよう、採点基準が一足飛びに変更されるような事態は考え難い。

となると、柔軟性&造形美旋風が巻き起こると、今よりますます鑑賞者が感じる見た目と、採点との間に齟齬が生じることになるわね。

柔軟性のある「純粋な造形美」を持つ選手に(しか)魅力を感じない人は、今よりもずっと採点に不満を持つと思う(「多くの選手が出来ている造形を、あの選手はできていないのに、点数が同じなのはおかしい」とか)。

他方、そうじゃない人は、高得点が出る選手の魅力を理解しろ、その前に採点を理解しろと躍起になって吠えるでしょう。(ちなみに私は今でも吠えられたことがある。前回のヨナちゃんの記事でも韓国籍と思しき人から、ルール等について嫌味なご説明を書かれたあげく「ソチ五輪で鼻をあかしてやるのが楽しみ」 とコメントが入りました。ま、そもそも私は美しいものにしか興味がないので、メダルや点数なんかであかされる鼻は持ってませんが。)

吠えられた経験のある人間からすれば、うっとーしさ倍増(笑)。もちろんヨナちゃんほど柔軟性&造形美を無視しながら高得点をゲットし続ける選手ってのは、当分出てきそうにないので(そういう意味ではヨナちゃんはレア物、韓国が冬季五輪のために国力かけて生み出した時代の徒花スターかもしれません)、杞憂に終わるでしょうが。

という次第で(?)、実はワタクシ、若手ロシア勢が出て来たスケート界の選手側(採点を決める運営サイドには期待してない)が、ソチ後にどのような演技に向かって行くのか、その方向性に今から興味があります。




[PR]
by Koharu-annex | 2014-01-30 15:26 | フィギュアスケート女子
今、ようやくGPFの女子雑感が「あとちょっと」ってとこまで来ているんですが。
その記事の中で<おまけ>として、B級大会の安藤さんとヨナちゃんのことを書いてたんです。

それを知らせたら、例の友が別記事で先にアップしろとぎゃーぎゃーうるっさい。彼女曰く、概要「ヨナはバレエの素養がある」(またかよ・・・)、「いや、ヨナのはバレエというより舞踊」(は?バレエは舞踊の一類型ですが?)というやりとりをネット上で見つけて、憤懣やるかたないらしい。

もうほっとけよ、そんなアホな記述・・・と呆れたけれど、新年早々、別件で彼女にちょっと冷たくしてしまったワタクシは、その罪滅ぼしにこの記事をアップします。(標題がやる気なくて申し訳ない)


<おまけ>
●ヨナちゃん
ほ~、これが噂の「沢庵」衣装ですか。ネットのニュース報道によると、この衣装をデザインした韓国人デザイナーさんに批判が殺到しブログ閉鎖に至るなど、営業妨害レベルのひどい迷惑を被っているとか。

韓国にも沢庵があるんだ~ってのが第一印象ですが、それはおいといて(笑)。
フィギュアの衣装としては珍しい辛子色ですが、デザイン自体は彼女のスタイルの良さを引き出しているし、色もそこまでひどいとは思わないけどなあ。黄色系ってくくりなら、例えばフラットさんや(カナリアイエロー)、キーラさんも何枚か(いずれもレモンイエローな記憶)着ていたし。カナリアやレモン等は鮮やか過ぎて黄色人種には難しいかもだけど、こういう辛子色って、韓国のチマチョゴリでも見たことがあるし(←韓国の大統領夫人が、薄くて張りのある一目で高品質と分かる辛子色のシルクを何枚も重ねたものを着てたの。凄く綺麗だった)、そこまで非難すべき色じゃないと思いますが。

ヨナちゃんは雰囲気も独特な人だし、韓国人としては唯一の有名スケーターだから、これくらいユニークな色使いで目立っても良いと思うけど、何かが韓国人の癪に障ったのかしらね。それにしたって、最終的にOK出して着用しているのはヨナちゃんなのに(←騒動後のナショナルでもこの衣装を着ている)、デザイナーさんを攻撃するって、そりゃひどい八つ当たりってものよ。それも八つ当たりの元になっている感情が、「私、この衣装の色、沢庵みたいでイヤっ!」って自分の好き嫌いオンリーって、なんだそりゃ。井戸端会議やせいぜいブログやSNS等で、「あの色、変だわ~」って友達と笑い合うくらいに留めておくべきイシューだわよ。

演技については、テレビ放映ではSPの一部しか放映されなかったので、一応動画でも確認しました。
私は、以前、性格を下敷きにして彼女の個性を生かし切る演目を考えたことがあるんですが(こちら)、結局のところ引退シーズンに至っても、彼女自身の本質を全く掘り下げていない演目しか選択していないので、正直、ちと残念。最後に、陰鬱だけど人を引き付ける香気芬々たるオーラをまとった悪者っぷりが際立つ演目、やって欲しかったけどな。

ぶっちゃけて言うと、今シーズンの演目は、今までで最もつまらないと思います。
SP(悲しみのクラウン)は、彼女のシニア歴代の演目の中では、あり得ないくらい知名度とインパクトに欠けます。これまでは「まるで印象操作だわね!」というほどに天晴れなレベルで(←褒めてます)、インパクトのある演目と音楽選択、それに見合った(あるいは真逆に見合わないがゆえに耳目を引く)衣装に、大いに背中を押してもらっていたのですが、今回はほぼ期待できません。背中を押してもらうものが無くなると、魔法が解けたように、欠点が・・・(後述)。

FSは、アディオス・ノニーノ。編集された音楽のテンポ感はヨナちゃんの身体がもともと持ってるテンポ感と大きくズレていないし、彼女の最大の魅力である硬質なセクシーさを生かせる演目だとは思うのです。しかし・・・いかんせん彼女、動けないんです。タンゴのキレのある動き、タメを利かせたペーソスのある動きはもちろん、緩急を利かせた高速ステップに至っては、まず絶対的に無理!あう~、なんで分からないの~。ってか、もともとタンゴを踊る気なんか、全くなしだわよね・・・。でも、それなら他の曲選んで欲しいわ。

いずれにしても、他に目を向ける事象(演目へのスペシャルな興味)が無ければ、彼女の演技を見ることは「ほぼこれまでの焼き直し」であることを確認する「だけ」の作業になるわけで・・・つまらんです。彼女の表現手段や表現の幅の狭さは承知しておりますが、同じように制約のあるワグナーさんがあそこまで努力していることを知っている鑑賞者サイドとしては(この点についてはGPFの雑感で書いてますので、しばしお待ちを)、白けてしまうのですわ。

さて、このB級大会でのパフォーマンスですが、昨季ワールドのSPについて褒めた点(こちら)が影を潜めてしまい、むしろ彼女の欠点の方が目立っていました。怪我明けのB級大会なので、あくまで調整としか捉えておらず流していたのかもしれません。先日のナショナルの動画でもほぼ同様の印象ですが、これも全力出す必要ありませんものね。特にFSの「だしがら」さ加減がひどかったですが、FSはいつもそうだからな(苦笑)。

演技中に目立っていた彼女の欠点ですが、柔軟性のなさとか、腕の表現手段の乏しさとかは、もう既に記事にしているので繰り返しません(興味ある方は、こちらとか、こちらをご覧ください。)

実は、彼女の欠点として、これまで書かなかったことがあるのです。それは下半身について。お尻を含めるから下半身なんだけど、以下では上品に「脚&足」って書きます(笑)。

何故書かなかったかと言うと、私はあくまで舞踊的な観点から見た表現という観点でブログを書いているわけだけれども、そうは言ってもフィギュアスケートは「滑る」競技。なので、脚&足に関してあまりに舞踊的な観点から物を言うのは筋違いではないか、フィギュアスケートについて脚&足についてまで舞踊的なものを求めるべきではないのではないかと、遠慮というか自制してきたからです(一応、これでも良識を持とうと努力しているのデス)。

でも、今季ますます踊るスケーターが増えてきて、一般的に女子より柔軟性が劣る男子選手と比べてすら、ヨナちゃんの脚&足の「まずさ」が際立ってきたので、解禁を決断した次第。(友も何かとうるさいしね・・・)

ヨナちゃんの脚。そもそもの形は、長くて真っ直ぐな、極めて綺麗な脚です。アジア人の中では「超」がつくほど綺麗と言っても良い。しかし、姿勢とポジショニング、ムーブメント、全てが汚い。残念感、常に満載。

なぜ、汚いのか。
綺麗にしなくても点数が出ているし、頑張って綺麗にしてもこれ以上の上乗せはないだろうから、放置しているんでしょうけれども(絶対当たっていると思うのでアンダーライン引いてみた。苦笑)、そういう「意識の姿勢」は置いておいて、客観的な舞踊面から見た物理的な理由ね。

それは、①股関節に柔軟性がない上に、膝の緩みが甚だしい、②加えて足の甲が全く伸ばせてないから。

①を端的に言うと、「オヤジのガニマタ」です。オヤジ=おっさん、です。まずは一般論として、オヤジ=おっさんのガニマタと、バレエダンサーのガニマタの違いについてご説明。

オヤジのガニマタは、バレエダンサーの「ガニマタ」とは、全く種類が異なります。
バレエのガニマタはね、アンドゥオールと言います。英語では「ターンアウト」。私は口頭ではフランス語のアンドゥオールを使うのですが、PCで打つのが簡単なのでこれまでコメント欄では「ターンアウト」という言葉を使ってきました。以下でもアンドゥオールの代わりに、「ターンアウト」を使います。

ターンアウトは、簡単にいえば足の付け根である股関節から、脚を外側に開くことです(皆さんが思っているよりももっと外側。身体の真横って感じ)。その際、膝もつま先も外側に開きます。バレエには足のポジションが様々あるので、一概には言えないのだけれど、最も基本的なポジションにおいて股関節からきちんとターンアウト出来ていると、両膝がきちんと裏合わせになって、両ふくらはぎの裏側がくっつくの。もちろん、意図的なプリエ(=膝を曲げる動作)の場合を除いて、きちんと膝は伸ばされています。

ターンアウトはバレエやダンスの基礎中の基礎でして、簡単にいえば、ターンアウトすることにより、脚を美しい形で横や後ろに高く上げることができるようになります。逆にいえば、ターンアウトができていないと、理想的な形でのアチチュードやアラベスク(これらは一例ね)をすることはできないってわけです。

これに対してオヤジのガニマタはね、脚の付け根の開き具合は適当で、膝が緩んで外向きになってるだけなの。膝が外側に緩んでいるので、膝の間が意図せず空いてて間抜けで不格好です。

余談ですが、まだ10代の頃、なんでオヤジにはガニマタが多いんだろうと考えたことがあって。得た結論は、股間に物理的に余計なもの、しかも高温になったり蒸れてはいけないものがあるからってこと。20歳の頃、宝塚の舞台で男役が踊るのを初めて見た時、「股間にものがないだけで、こんなに綺麗なんだ!」って感動したことがあるんです。脚のラインや脚さばきの美しさという観点から見た場合、宝塚の男役は、股間にものがある生身の男性と比べて圧倒的に美しい。

話をヨナちゃんに戻すと、この人ね、股間にモノがないはずなのに、「オヤジのガニマタ」を放置しているんですよ!男性スケーターでも、ここまで「オヤジのガニマタ」度が高い人って、なかなかいないですよ。

はっきり分かるのは、イーグル。
ヨナちゃんのイーグルは、股関節が開いておらず、膝が緩み、お尻が後ろに突き出てる。これは、ターンアウトが全くできていない(=オヤジのガニマタでやり過ごしている)何よりの証拠です。あのイーグルの不格好さは、男子を加えてもぶっちぎりでワースト1位だと思う。

具体的に言うと、股関節の柔軟性がないのにターンアウトの訓練をしない、そういう身体で、膝とつま先を外側に向けようとすると(イーグルでは必須)、股関節が硬くて開かないから膝に無理がかかってくる。そうすると、膝を痛めないために、膝を緩めざるを得ない。つまり、股関節が開かないまま両膝が微妙に曲がって、「オヤジのガニマタ」になるって流れよ。そして、ターンアウトできない人が無理に膝&つま先を外向きにしようとすると、骨盤が傾いて反り腰になってお尻が後ろに突きだしちゃうの。ちなみにこのお尻ポッコリは、バレエやダンスのバーレッスンでは、すごーく注意されるの(笑)。

素人ダンス教室に通っている一般人ならいざ知らず(ターンアウトは身体への負担が大きいので、特に成人を対象とした素人教室では無理させないところも多いと思う)、五輪に出ようって人が、こういう姿で恥ずかしくないのかしらって、単純にそう思う。

私が「ヨナちゃんがダンサー?ボケかましてんじゃねーっ!」って本気で怒り狂った理由の1つは、このターンアウトにあったわけです。だって、イーグルもイナバウアーも、バレエの足のポジションのまま滑っているようなものなんだけど、ひどく不細工だもの。イーグルやイナバウアーの後、次の動作へ移る際に「よっこらしょ」的な老人臭さ(?)が出るのも、股関節が硬いから。女子のスパイラルは、バレエのアラベスクの進化系ポーズで滑っているようなものだけど、ヨナちゃんのはターンアウトが出来てないから理想形とは程遠い醜い形状なんだもの!・・・ようやく書けてスッキリしたわ、ふん!

②次に、足の甲。
神は細部に宿るとよく言われますが、足の甲は紛れもなく神が宿る部分です。多くの舞踊において、伸ばした脚の先にある足の甲が更に伸びて「弓なり」になっていると、印象は格段に良くなります。あ、でも「こうかな?」と思って、いきなり伸ばさないでね。普通の人間がいきなり甲を「弓なり」に伸ばすと、つりますから!(笑)

最も美しく、バレエ漫画でこれでもか!と描かれている造形は、脚と足の両方で「弧」を描いている形ね。あれ、漫画特有の造形じゃないんですよ。膝が引っ込んでいて、足の甲がちゃんと出ている人が、何年も何年も訓練した後でしかできない形なので、誰しもが出来る造形ではありませんが。あの造形は、一つの芸術作品と言ってよく、同じ人間のものとは思えないほど美しいです。私がバレエを見続ける理由の1つは、あれを見たいからかも(笑)。

フィギュアスケートでは、大きく重いスケート靴を履いているので、足の甲が「弓なり」になる造形はできません。ですが、例えばスパイラルの時などに、足の甲をちっとも伸ばさず、足首との角度を90度くらいに放置したままの、フレックスでございます~的な形は不細工だと思う(ジュニアの選手に多いように見える)。

限界はあっても、靴の中でできるだけ足の甲を伸ばした形の方が、ずっと綺麗。脚を上げている場合、足の甲をできるだけ伸ばす方が、膝も綺麗に伸ばし易いと思いますし。実際、トップ選手の多くはそうしているように見えます。フリーレッグの膝が綺麗に伸びている人は、靴先も伸びている(=足の甲を伸ばしている)ことがとても多い。

ヨナちゃん、例えばスパイラルの時だけでも、フリーレッグの足の甲を靴の中でもう少し伸ばして、膝を締めてあげるだけで、見栄え的にはちょっと改善されると思うのだけどなあ。点数に即座に反映される部分じゃないので興味は無いでしょうが、でも、トップ選手の中であの下半身は、恥ずかしいと思うぞ。

あんな綺麗な形と長さの脚を持っているのに、本当にもったいないことです。ここから分かることは、彼女は、美しさを追求する人ではないってことですわね。人それぞれの人生だけれども、宝の持ち腐れってこのことよね。
[PR]
by Koharu-annex | 2014-01-16 00:24 | フィギュアスケート女子

今年のオフはすごいね

皆様、お久しゅう!
東京は殺人的な暑さですが、お元気でお過ごしですか?

ソチ五輪で引退・・・という言葉が、思いのほか多くのスケーターから出て寂しく思っていた春先、無良君のご結婚とお子様の御誕生という幸せニュースが。

信ちゃんの時も書いたけど、私は、若い年齢での結婚って悪くないと思っています。
順番が気になる方もいらっしゃるようですが、私は女性の妊娠が分かってから結婚を決意されることに何の違和感もありません。要はその人の人生の巡りあわせなので、順番について周りが非難することじゃないでしょう。

昨シーズン大躍進を遂げた無良君、ますます勢いをつけて、信ちゃんに続くパパさんスケーターとして頑張って下さい。

そして、そして、最大のビッグニュースは、安藤さんのご出産。
無事にお嬢さんを出産されたとのこと、本当におめでとうございます。
産後1ヶ月ほどでトレーニングを再開され、ショーにも出演されているということは、安産で産後の肥立ちも良いということでしょうから、安堵しています。

マスコミは父親探しに必死ですし、父親を明かさないことやシングルマザーの選択に異見もあるようです。でも、私はね、子供が生まれるってことは、もうそれだけで素晴らしい、おめでたいことだと思っています。

昔、安藤さんには「小林幸子を」って言ったことがあって。
それを受けて「ミキティって演歌っぽいってこと?」とコメント下さった方がいて、いえいえ、オペラ「魔笛」の夜の女王のアリアを推薦する意味ですってお答えしたことがあったんです(小林さんの電飾衣装が夜の女王の衣装に似ていることがあったのですよ。でも、もはやこの楽曲は絶対に推薦できませんわね。ご本人も絶対に嫌でしょうし)。

否定したとはいえ、コメント頂いた当時も「ミキティ=演歌っぽい」に心惹かれるものがあったのですが、今や安藤さんの人生そのものが、演歌の王道を行っているように感じます(好き勝手言われることが分かっていながら、敢えて苦難の道を選択するという意味において、それが悔しさ、悲しさ、寂しさ、諸々の涙を伴う艱難辛苦の道であろうこと、その道を歯を食いしばって女の強さで突き進むであろうことにおいてね)。
そのド演歌の心意気やよし! 私は文字通り「心から」応援したいと思います。

それにしても、今回のニュースで確認したことは、安藤さんが大スターだってこと。
報道もすごいですが、友人達の反応もすごい。まあ、友人どもは、私がこのブログを書いていることを知っている人もいるから、さておいても。
先週土曜日に、旦那といつものラケットボールのレッスンを受けた後、目黒の鳥しきで焼き鳥食べたんだけど、隣に座ってた女性2人連れ(30代くらい?)が、2時間くらいずーっと安藤さんの話をしていたんですよ。耳ダンボにして聞いてたら、フィギュアスケートをそれほど見ているわけでは無さそうなの。それなのに、2時間(笑)。

まあ、有名な五輪選手が誰にも知られずに出産、しかも暫定的とはいえシングルマザーを選択というニュースの衝撃度って低くはないでしょうが、それでも、ご本人が大スターじゃなければ、ここまで(マスコミだけでなく)巷で騒ぎになることはないと思います。

本当に大スターなんだな。

しばらく余波が続くでしょうが、安藤さんには、周りの喧騒に振り回されることなく、是非、史上初の現役競技選手であるママさんスケーターとして輝いて欲しいと思います。いや、真面目に、安藤美姫伝説を作って欲しいと願っています。

<以降、追記>
書き忘れたのですが。
昔は舞台のために妊娠・出産を諦めた女性もいたバレエダンサーですが、現在は、妊娠・出産した後、舞台に戻ってくることが多くなっています。

当該ダンサーがプリンシパルの地位にいた場合は、もちろん、主役で戻ってきます。
つまり、群舞や、脇役なんかでは戻ってきません。いきなり、主役で戻ってくるんです。
バレエの世界は、圧倒的なヒエラルキーの世界なので、プリンシパルはあくまでプリンシパル。

出産後、舞台に戻ってくる期間ですが、1年以内というのも多いと思います(半年以内、つまり数カ月ってのも結構あると思う)。
もしかすると、それ以上の期間、舞台に立たないでいることの方が、不安なのかもしれませんね。

スケートは特にジャンプという特殊な技術があるし、バレエは例えば妊娠前から慣れ親しんでいる演目でカムバックすることができるという違いもあるかもしれません。
が、それでも、妊娠・出産を経たバレエダンサーを見てきた限り、安藤さんがソチを目指すことは充分に可能のように思われます。
[PR]
by Koharu-annex | 2013-07-08 00:42 | フィギュアスケート女子

レミゼについて

ここにきて、ワタクシ、非常に忙しいっす。

なので、ヨナちゃんの感想のうち、抜き出してアップすることに耐えられる箇所、つまりはレミゼに関する一般論を先にアップします。

さて、レミゼ。
私はミュージカルも見ていましたが(初見は1989年春@帝劇・・・わお、私まだ18だわ。笑)、旦那は映画が初見。アン・ハサウェイがアカデミー賞(助演女優賞)を受賞しましたが、映画を観終わったなり旦那が「アン・ハサウェイ、あれだけしか出てないのに助演女優賞!?」と。
あらま~、おほほ、そうね、あーたは知らないでしょうね~!

レミゼの主人公は言わずもがなのジャン・バルジャン(男性)ですが、最も記憶に残る女性といえば、ファンティーヌ(アン・ハサウェイの役:コゼットの母)ではなく、エポニーヌではないでしょうか。
コゼットの里親だった守銭奴夫婦の一人娘で、片想いの相手(マリウス)への恋慕の気持ちをひたすら隠して、マリウスの恋を成就させようと努める、健気で性格の良いエポニーヌ(「あんな夫婦の娘なのに、なんていい子なの!」は誰しも思う感想)。動機はマリウスの傍に居たいってだけなんだけど、男装をして革命に身を投じ、マリウスをかばって銃弾に倒れ、最期は愛するマリウスの腕の中で死んでいく、悲劇のヒロイン。

私も、初めてこのミュージカルを見た時は、エポニーヌが強烈でした。「愛してる、愛してる。でも一人さ~♪」ってのは、日本語版のOn My Own(エポニーヌのソロ)の歌詞だけど、島田歌穂さんの歌のうまさも手伝って、可哀そうでならなかった。今でもあの歌声を覚えてる。ちなみにマリウスは野口五郎・・・時代を感じるな(こっちの「エポニーヌッ!」って叫びも覚えてるよ)。まあ、私は「母」になったことがないので、ファンティーヌに感情移入できなかいだけかもしれませんが。

f0234686_1484531.jpg他方、レミゼといえば、この絵(全体像はこちら、いつ見てもホウキがでかいな)。
そう、コゼットです。

主人公のジャン・バルジャンが親代わりになり、唯一の愛情の対象として溺愛して育てていくので、彼と初めて出会った幼少時代のコゼットがクローズアップされてるんだろうけれども、基本、彼女はその後は可哀そうじゃなくて、唯一幸せになっていく女性だったりするわけで・・・なんか「レミゼの顔」って思えない(笑)。

ただ、コゼットは、全ての登場人物と絡み、故に全ての登場人物とその思い(歌)を背負っている、唯一の存在なわけよね。

そうすると、フィギュアスケートの短い演技時間で、レミゼの素敵な楽曲たちのサビ部分をあますところなく使いたい場合、コゼットに焦点を当てるのが手っ取り早いよな~というのが、「ヨナちゃんFS=レミゼ」情報に接した時の私の直感。

それでも、コゼットってなんだかな~!ってのが、素直な感情としてあったのでした。
しかも、ヨナちゃんってコゼットって感じじゃないだろ、どう見ても、と思ったりして。
じゃあ、エポニーヌがぴったりかと問われれば、それもないんだけど、コゼットよりかは良いかな。ヨナちゃんに感じられる、飢餓感とか枯渇感は、コゼットと通じるところがあるようにも思えるから・・・でも、やっぱり、ドンピシャじゃあないよなあ。。。ヨナちゃんって、基本、「他人を愛し尽くして自分を殺す」ってものからはかなり遠いところにいる感じがするので。

なーんて、分析もあまり意味がないことも分かってます。
レミゼって、公開前から今年のアカデミー賞(ワールドの直前で記憶に新しい時期)の有力候補だったし、あの音楽群って名曲ぞろいなので、非常に一般受けしますからね。チーム・ヨナの狙いは、ずばり、ここでしょ。キャラじゃなくて。。。
[PR]
by Koharu-annex | 2013-04-11 23:37 | フィギュアスケート女子

「北の湖」だったのか~

★4月3日、末尾に青字部分を追記しました。★


この記事の内容も、世界選手権(2013年3月)女子の感想に書こうとしていたんだけど、長くなるので別記事として先にアップします。

さて、ワタクシ。
幼い子供だった頃、一番好きな相撲取りが「北の湖」だったんです。理由は、生まれて初めて知った相撲取りで、何と言ってもとっても強かったから(同じ理由で一番好きな野球選手は王さんだった)。いかつい顔も、巨漢の身体つきも、無愛想なしゃべり方も、何もかも私の中では「ザ・相撲取り」で、かつ本当に強くて、大好きでした。私、相撲自体には興味がなくてちっとも理解していなかったけど(笑)。

大学入学後、ひょんなことから一回り上のOBより、北の湖さんが「憎らしいほど強い」と言われ、一部の相撲ファンからヒール扱いされいたことを知りました。ヒール扱いされた最大の理由は、相手を倒した後に手を差し伸べないからだったそうですが、北の湖としては、負けた時に勝った者から手を差し伸べられ、その手を握って起こしてもらうなど、屈辱以外の何物でもないと考えていたからなんですって。

私は、感覚的には北の湖の言い分で納得できるのでヒール扱いには少々憤慨したのですが(←私の直感ではヒール扱いの真の理由は顔がいかついことだと思う)、「憎たらしいほど強い」と言われるのは、北の湖好きの私でも理解できると思いましたことよ。

で、ワタクシ、ヨナちゃんを見て、久しぶりに思い出したのです、この「憎らしいほど強い」という言葉を。本当に、憎らしいほど強い!(笑)

シングルの場合、競技の特性上ジャンプに注目が集まるわけだけど、男女問わず、トップ選手においても好不調の波があることは事実。それも、「直近の大会では完璧だったのに、今大会ではあれ~?」というくらい、短期間で調子が大きく異なることもよくあること。したがって、ここ一番の試合でジャンプを「失敗しない」ということ、それだけで大いに褒め称えるべきことだと思う。

ところが、ヨナちゃんは「失敗しない」ということに留まらない。彼女のジャンプは、本当に危なげがない。もちろん専門家が見ると、ヨナちゃん比でパーフェクトではないかもしれないけれども、素人目には極めて精度が高く見える。(ただ私は、以前と比べて跳ぶ前の前傾姿勢がきつくなってるような気がして、こんなに沈んでいたっけ?と思ったけど、そこはそれ)

これだけ競技会から遠ざかっていて、かつアイスショーでは殆どジャンプを跳ばないと聞くヨナちゃん。それにもかかわらず、安定感とはこういうことかと思わせるような、説得力のある「安定感」を見せてくれました。これは、彼女が影で不断の努力を重ねてきたことを端的に物語っており、素晴らしいアスリートであることの証明でしょう。

荒川さんがヨナちゃんの今回の演技を評して、「滑っている時に少しバランスを崩したり、ぐらつくこともありましたが、立て直すことができていた」(←うろ覚え)というような話をされていましたので、専門家かれみれば、アラもあったのでしょう。が、素人目にみれば、ヨナちゃんの滑りは、不安定さやぐらつきを感じることは殆どない。「不安定」「ぐらつき」とまでいかなくても、トップ選手においてすら、ジャンプも含めた動作そのものや、動作と動作の間に、無いに越したことはない「身体のゆらぎ」のようなものを感じることがあるけど、ヨナちゃんにはこれも殆どない。これが、ヨナちゃんから感じられる究極の安定感につながっていると思う。

そして、これこそ、ヨナちゃんの魅力と言えるかもしれない。(もちろんヨナちゃんが強いから好きって人もいると思うケド。昔の私が相撲を知らないまま北の湖が好きだったように(笑)。)
実際、NHK杯の時に同行したメンバーの1人(転倒の音で心を痛めていた人物)は、「何より安心して心配なく見られるから、キムヨナのスケートは好きだな」とメールを送ってきました。ドキドキしながら演技を見るのが好きじゃない、って人は確実にいる。「無理なジャンプのたびにヒヤヒヤするよりも、その人のレベルでの完璧な演技で魅せてくれることに期待する」というのも当該メンバーの言葉だけど、私はこの感覚は理解できる。まあ、前提として私は、ジャンプが存在すること自体の評価が低いという、亜流の見方をしていますから(笑)。

ただ、私は、踊り見なのでね。
ヨナちゃんの演技を見て、じゃあ、手放しで喜び爆発させているかっていうと、そうでもない。たとえば、チャッキーもといケビン(@四大陸)、あるいはコストナーさんの演技を見た時のような興奮があったかといえば、それはない。
具体的には、女子の感想の中で書きます。

<追記です。>

「雑感」の記事には、極力、表現面だけに絞って書こうと思って、先にこの記事アップしたんだけど。

いや~・・・、ヨナちゃんって、嫌われてるんだな~(笑)。

なんかもう、すごいぞ、コメント欄。
皆様からは見えないけど、鍵コメの中には、画面から感じる悪意(文面上は私宛てなんだけど、中味は私ではなくヨナちゃんに対するものと思いたい・・・)に恐怖を感じるものすらあるよ!!

鍵コメでも、今までコメント入れて下さってた方の場合は、どんなに口が悪くても「●●さんはそう思うよね~」って笑って流せるんだけど、匿名コメントの中には怖いのあるわ~。いや~。ネットいじめで自殺する人の気持ちが、ちょっと分かってしまった(苦笑)。

まあ、正直ね、坊主憎けりゃ袈裟まで憎いって気持ちになるのは、人間だれしも多少なりともあることだし。
しかも、バンクーバー前から点数的には疑惑のある人ですからね。そんな人に「アスリート」とか「安定感」とか「強い」とか、そういう言葉を使うことすら許せん、って気持ちになるのも、理解できる。

だけどね!!

私は、ヨナちゃんの得点が当然だとは言ってないぞ!
(だから、得点説明しろってのは、筋違いだぞ!)

表現面が素晴らしいとも、一言も言ってないぞ!
(今までのヨナちゃんの演目挙げて、どれも同じじゃないかって、食ってかかるのも変だぞ!)

それに、スポーツ選手で競技会に出てる以上、文字通り「アスリート」って呼ぶのは間違いでもなければ他の選手に対する侮辱でもなんでもないぞ!?
(私は、彼女を「ダンサー」って呼ぶのは相変わらず許せないけどね)

気に食わんのは良く分かったけど、私を攻撃するようなコメント書く前に、少し落ち着いて欲しいですわ。
めんどくさいし、新たな議論をよぶのもまっぴらごめんだから、私が感じた彼女の「強さ」について、くどくど説明する気はないけどさ、次に書く女子雑感の記事を読んで、「あちゃ、早とちりした・・・」と思ったら、謝罪してね、鍵コメでいいから!(と言いつつ、匿名でコメントするような輩が謝罪するとも思えんがな・・・)

ぶひーっ (←怒りの鼻息)


[PR]
by Koharu-annex | 2013-04-01 13:59 | フィギュアスケート女子
真央ちゃんの今季FSが、バレエ音楽「白鳥の湖」ということで。
白鳥の湖を、ちょっと復習しておきましょう~、という記事です。

白鳥の湖・・・「バレエダンサーにとっては永遠の母胎」という趣旨の話を、以前、熊川哲也さんがTV番組でおっしゃっていましたが、世の中的にも、バレエといえば白鳥、という構図が出来上がっております。バレエを題材にした漫画や少女向け小説は山ほどありますが、その中で白鳥に触れていないものは、おそらく1つもないのでは?と思われるほどです。もちろん世界中のカンパニーで上演されており、そりゃもう、山ほどのバージョンがあります。

音楽は、チャイコフスキー。

彼の初めてのバレエ曲で、完成まで2年ほどかかったといわれています。
「母胎」とまで言われる今の隆盛を見ると信じられないことですが、この音楽、19世紀後半の当時のバレエ界にとっては、複雑すぎて難しいスコアだったようで、既に練習中からダンサー達や指揮者が不満を述べていたとか。

当然、初演は成功とは言い難く、その後、何度も他人によって削除・加筆・入れ替え等、原曲に手が加えられて、現在の形になっています。(削除された部分はかなり存在し、後年、削除された楽曲を使ってバランシンが作品を振りつけています。また、多くの振付家等の努力により、チャイコフスキーの意向を復元しようとする試みもあります。)

「白鳥の湖」の筋をご存知ない方は、ウィキペディア等でざっと確認して下さいましね。
白鳥の湖の場面設定はドイツと言われています。元ネタは、童話「奪われたヴェール」だと言われていますが、世界各地に存在する白鳥伝説(日本の「羽衣伝説」や「鶴の恩返し」の白鳥版だったり、それらを適度にミクスチャしたものと思えばよいかと)や、ワーグナーのオペラ「ローエングリン」の影響も指摘されています。

ただ、筋書き通りのバレエに終わらないのが、白鳥の湖の面白いところ。

たとえば、白鳥ではなく、王子の物語ととらえる解釈も可能です。
病める精神を持つことを強調したり、王子としての成長物語とするバージョンです。代表的なのはマシューボーンの「スワン・レイク」で、これは王子の病的なマザコンを極端に発露させた作品です。
王子のマザコン的要素やメランコリックな気質は、ノーマルな「白鳥の湖」でも明らかです。そもそも、人間100%でないオデットに一目ぼれして(彼はしょっぱなで白鳥⇒人間の変身場面に遭遇しているにもかかわらず恋に落ちる)、あげく短期間(おそらく数時間もない)で永遠の愛まで誓ってしまうあたりに、王子の普通じゃない逃避傾向が見て取れる。なので、この王子の病質にロックオンバージョンは、今後も存在して行くと思います。

このような派生作品を創造できる面白さだけでなく、「白鳥の湖」に通底する面白さは、ズバリ、


重畳的な二面性


です。

白鳥の湖には、様々な「二面性」が、時に密やかに時にあからさまに設定されています。代表的なものを以下に挙げます。

【昼と夜】
煌びやかな宮廷での昼間の祝宴と、夜の月明かりに照らされた湖畔の廃墟。
この2つの場面が順番に現れて物語が進行します。照明による夜の青白い月明かりは、きつい眠気を誘うこともあるけど、そこはそれ(笑)。

【白鳥と人間】
オデット(&お付きの者)は、昼間は白鳥の姿で、夜だけ人間の姿に戻ることができます。したがって、オデットの出番は基本的に夜です。
ところが、夜のオデットらも「100%人間」ではない。そもそも夜になってから変身するってこともあるんだけど、オデットは、夜であっても、白鳥の清浄な空気感や優雅な羽ばたきのような所作を残している。
つまりオデットには、「人間でない部分」を持つ人間という二面性が、「常に」残されている。

【白鳥と梟(フクロウ)】
オデットは、悪魔ロットバルトにより白鳥に変えられてしまったお姫様です。対して、ロットバルトは人間の姿をすることもあるけれども、普段は梟の姿をしています。見た目が既に対象的。美と醜とは言いませんが(笑)。
梟って「知」の象徴のように捉えられることもありますが、ロットバルトの悪知恵とか狡猾さのイメージとも通じるところがありますね。そして、オデットは、ちょいとバカ正直なところがあるので、そこも対象的。

【善と悪】
悪魔ロットバルトとその娘オディールは、双方ともフォローできない悪者です。オデットは理不尽な悪魔の所業の被害者であり、完全なる善として描かれます。
王子がオディールをオデットと勘違いし、オディールに愛を誓ってしまい、オデットを裏切る形になったところで「悪」が勝つかと思いきや、最終的にはラストで、この世あるいはあの世で王子とオデットは結ばれ「善」が勝つ(これにはいろんなバージョンがあるのだけど)。その大きな流れの中で、善悪が様々に展開し、もんどりうつことになります。
白鳥の群の中に悪魔の手先の黒鳥が数羽混じっていたり、祝宴の中の民族舞踊の中に悪魔の手先が入っていたり、ロットバルトがいろんなところで出てくるバージョンもあります。

【覚悟と逃避】
オデットは、基本的に、自分の理不尽な宿命を真正面から受け止めています。白鳥に変えられてしまった自分とお供の者達(←これ重要)を元の完全な人間に戻すため、男性からの変わらない永遠の愛を真摯に求め続けています。自分だけでなく、お供の者達全員を救うためには、元人間白鳥グループの「長」としてのオデットが「永遠の愛」をゲットしなければならない。オデットには、この「長」としての覚悟がある。
これに対して、王子は、自分の「王子」としての宿命から逃げ出したくてたまらないのね。母親である女王から結婚を迫られるのも憂鬱だけど、そもそも成人になることすら憂鬱っていう困ったちゃんなのです。大人になって責任を負うのが億劫で、楽しい子供時代のままでいたくてしょうがない人なの。
2幕でのオデットと王子の愛の誓いは、2人の利害が一致したからとしか思えないんだけど、そこを声を挙げて追及すると物語が成立しないので止めておきます(笑)。

ちなみに、私が見たバージョンの中で最も唸らされたラストに、次のようなものがあります。ロットバルトとオディールに騙されたことに気付いた王子が湖畔に急行。そこへロットバルトが立ちふさがり、争った挙句王子は湖へ落ちてしまいます(死亡と思われます…)。
ロットバルトは、オデット&お供の者達に対し「さあ、我のもとへ戻れ」と合図。オデットは、王子が沈んだ湖に一瞥をくれた後、きりりと引き締まった表情で毅然と群を率いて、とりあえずロットバルトについていく、というもの(王子に見切りをつけ次の求愛者の探索へと切り替え)。
すごいでしょ。完全に亜流のラストなんですが、ある意味で、オデットの本質を突いていると思います。

【白鳥と黒鳥】
最も有名な二面性は、これでしょう。
しかも、偶然の産物とはいえ、1人2役が定着しています。1人が善悪の2役を演じ分けるため、その人の「見てはいけない裏側」を見るような快感があり、白鳥の湖に何度も足を運ぶ原動力は、1人のダンサーのこの2役の演じ分けを見ることにあるというファンも多いと思います。

さて、このオディール。一体、どういう女性なのか。
オディールは「悪」なので、妖艶で、ファムファタールなイメージで、色気も強さも兼ね備えた無駄に自信過剰な感じで演じられることも多いです。逆に、「王子にオデットであると信じさせなければならない」という物語上の制約を重視し、オデットのような清楚な振りをしつつ、ちらちらと悪の顔を覗かせる、という演技をするダンサーもいます。
ただ、いずれにしても、初見のお友達には、「こんな女をオデットと間違えるなんて、この王子もたいがいアホやね」「こんなので騙されるって、話自体に無理がありまくり。」という感想を持たれることが多い(そして王子の白タイツと相まって、バレエに苦手意識を持たれていくのでした・・・ああ)。

しかし、翻って考えるに。
はたして、オデットに、オディールの要素が全く無かったと言えるのか?って話ですわ。
既に述べたように、オデットは「長」として元人間白鳥グループを救うべく、「永遠の愛」を誓ってくれる男性を覚悟をもって漁っている求めている状態です。このオデットが清楚100%「だけ」の人であるわけがない。「長」としての決死の覚悟と度胸、そして男性に愛を誓ってもらえるだけの器量と魅力を備えていなければ成立しないんですよ。

つまり、オディールの妖艶さ・ファムファタールのイメージ・強さ・色気といった要素は、オデットが「密やかに」持つこれらの要素の裏返しとも言えるわけです。だから、王子が間違えたってわけですわよ。
したがって、オデットは、人間でない部分を持つという二面性のほか、オディールの要素をも密かに併せ持つという二面性も有している、ということになります。

そんなわけでオデットとオディールの演技というのは極めて難しく、ダンサーを悩ませ続け、中には極度の恐怖感を感じる方もいらっしゃるとか。世に言う「白鳥コンプレックス」ってやつです。

・・・といったところで、この二面性の魅力をご理解いただけたでしょうか。

さて、真央ちゃん。

この方、二面性があるのですよね。
以前、コメント下さった方が、的確にも、デモーニッシュな面も併せ持つ、あるいは、女神だけでなく鬼神としての顔を持つ方だとご指摘されていましたが、まさに言い得て妙だと思います。

私は彼女に色気や妖艶さを求めはしませんが(笑、たぶん皆様も同意見かと)、女王オーラの萌芽を持つ類まれな姫オーラ(こちら参照)を持つ彼女には、いわゆるオデットとしての人間でない空気感や、清楚で純潔で、美しく優雅なイメージだけでなく、「長」としての凛々しさや覚悟を感じさせるある種の強さを見せて欲しいと期待しています。
[PR]
by Koharu-annex | 2012-10-05 16:00 | フィギュアスケート女子
前回(こちら)に引き続き、真央ちゃんのシェヘラザードの音楽について。

10月1日、毎年お誕生日に写真集をお送りしている方へのプレゼントを選びに本屋さんの写真集コーナーに行ったら、思いがけずこんな本が平積みになっていたので、さっそく購入(ところで写真集売り場でいいの?→有楽町の三省堂さん)。

フィギュアスケート2011-2012シーズン オフィシャルガイドブック (アサヒオリジナル)

朝日新聞出版


この中で、真央ちゃんが今季のSPについて、「すごく変わった『シェヘラザード』ですよ。曲がすごく変わっていて、すごいかわいらしい『シェヘラザード』でもあり、すごくアジアンチックな『シェヘラザード』でもあり、力強い『シェヘラザード』でもあるので、いろんな曲の変化を見ている方にもわかってもらえたらな、と思います。」(p34)とおっしゃっていました。(10月2日の夜にTV報道された、NHK杯向けの記者会見でも一部同趣旨のことをおっしゃってましたね。)

いや~、本当に、「曲がすごく変わって」ますよね~。コメント下さった方の中に「シェヘラザードのどの部分か分からない」というご意見があったので、あらためて聴いてみたところ・・・アレンジが強い上に、公開された動画の音が荒いので、ホントにどこか分かりにくい!!(笑) 旦那に嫌がられたけど、ボリューム最大限にして聴いてみました。

以下はあくまで私の印象なので、間違っていたらご指摘下さいませ。

少なくとも前半部分(25秒くらいまで)、大きく響いている旋律は、原曲にはそのままの形では存在しないと思います。どこかの部分のアレンジかもしれませんが、私には分かりません。ただ、その大きく響いている旋律の向こう側に、低くゆっくり流れている旋律があります。この低い旋律は、おそらく第3楽章「若き王子と王女」で奏でられる主題だと思います。

続く後半部分は、大きく響いている旋律(リズムがチャッチャチャー♪みたいな。←分かりにくい。笑)は、おそらく、第2楽章「カランダール王子の話」の中盤あたりで演奏される、不機嫌な王の旋律のアレンジではないかと思います。その向こう側にも低い旋律が流れているように感じるのだけど、私のPCではちょっと聴き取れません。

不機嫌な王(スルタン)の旋律は、原曲よりもテンポを早くリズムも軽やかにしていて、原曲にはない鍵盤楽器の響きが加わっていて、原曲よりも格段に可愛いです。随所でトライアングルの響きを利かせているところも、軽やかさと可愛らしさを強調しているようです。

・・・あまりにも変わったアレンジなので、これもコメント下さった方から類似(あるいは同一)の可能性が指摘されていると教えて頂いたロシアのソトニコワ選手の「シェヘラザード」の動画を見てみました。

真央ちゃんの音楽は一部公開に過ぎませんから全体は分かりませんが、確かに少なくとも一部はソトニコワ選手の音楽に類似しているように思いました。私は、他の選手と音楽が同一でも類似でもいんでない?と思いますので、同一性・類似性については特に気になりませんが、このソトニコワ選手の音楽そのものにちょっとした衝撃を受けました。

ソトニコワ選手の「シェヘラザード」の音楽、一歩間違えれば「めちゃくちゃ」の域に陥りそうなほど、強烈なアレンジではないでしょうか~。2つの全く異なる旋律が同時に鳴らされる部分が随所に現れるという極めて高度なアレンジで、鑑賞者が「乗る」のが難しいのはもちろん、表現者が音楽を把握するのも難しいと思います。

あれは、中途半端な表現者だとつぶされるレベルだと思います。

私が見た動画ではソトニコワ選手はぎりぎりでしたが、彼女の年齢や経験を考えると「健闘した!」と称えるべきかもしれません。タラソワさんも、また難しいことをさせるものですわ~。もう、びっくり。かなこちゃんのシニアデビューSPがあのジャンピング・ジャックだったことに比較すると、その差にびびりまくるわたくしめでございます(いや、どっちが正しいとかいう話ではなく)。

真央ちゃんの音楽がソトニコワ選手と同一・類似(あるいはもっと高度?)になるとすると、真央ちゃんの年齢・経験をもってしても噛み応えのある演目となりそうですね。
[PR]
by koharu-annex | 2011-10-02 23:04 | フィギュアスケート女子
★10月1日に標題を変更するとともに赤字部分を追記しました。

皆様、こんばんは。
前回の真央ちゃんのSPはシェヘラザードだったんだという記事(こちら)に、コメントありがとうございました。今、途中までコメントをお返ししているのですが、今日中に全部は無理そうなのでいずれまた(お許したも)。

ところで、最初に鍵コメ欄2つにコメントを下さった方がいらっしゃって、わたくし、その方にジョン・カリーさんのシェヘラザードの動画を教えて頂きましたの(URLも貼って下さっていたので)。

わたくし、ジョン・カリーさんという方を全く存じ上げなくて、初めて拝見したんですよ。
それで感想をご返信にお書きしたかったのですけど、私が仕事でバタバタしちゃってまして返信が滞っている間に、鍵コメさまがご自身のコメントを2つとも削除されたんです。ブログに初めてコメント下さるいうことで、とてもご謙遜されていたので、私の返信が遅れたことにご遠慮なさったのだと思います。申し訳ないです。

それで今回は、カリーさんに関する感想などについて記事にしたいと思います。
(上の鍵コメ様も読んで下さってると嬉しいですわ!!)

私がまず「おお」と思ったのは、カリーさんのシェヘラザードにおける音楽のチョイスです。
組曲の中でも、比較的「雄雄しい」部分を選んでいるのですよね。しかも、シャヘラザードといえば必ず頭に浮かぶ、シェヘラザード妃のモチーフ(バイオリンの高音部で奏でられる部分が特に有名)は、入れてなかったと思います。ここの部分は、女性スケーターは必ず入れていると思いますので(全部は検証していないので断定はできないけど)、男性のカリーさんが入れていないのは、新鮮な驚きでしたが、妙に説得的でもありましたわ!

★追記です。
カリーさんのシェヘラザードの音楽、ラストでシェヘラザード妃のモチーフが出てきました。バイオリンですが、有名な高音部のものではなく、4楽章の終局のラストで出てくる比較的低い音で演奏される部分だと思います。



その後、伊藤さんや安藤さんの動画も拝見したのですが、カリーさんほど雄雄しくはないのですが、かなり力強い部分も入れてきていると思います。彼女達のスケーターとしてのタイプを考慮しているのでしょうね。実際、お二人には合っていると思いました。

で、今回の真央ちゃんですが、公開された動画を拝見したところ、真央ちゃんのはかなりアレンジされているような気が・・・・。カリーさん、伊藤さん、安藤さんは、おそらくオケの原曲をそのまま使用されていると思うのですが、真央ちゃんは違うのでは?

きちんと聴き比べて検証していないけど、原曲では使われていない鍵盤打楽器が使われているように聴こえました。また、トライアングルが原曲よりもかなり利かせてあるようにも聴こえました。そのせいか、少なくとも公開された部分は、原曲よりも軽やかでかわいらしい印象です。

もちろんSPの楽曲って割と変化をつけるから、全体がこれだけってことはないでしょうけど、上記の3人のシェヘラザードの楽曲イメージとは離れているように思います。(ロシアの女性スケーターのものとかぶるのでは?とのご心配もあるようですが、私はその方の動画は拝見していないので分かりません)

なので、真央ちゃんの目指しているシャヘラザードが、伊藤さんや安藤さんのパフォーマンスの路線でないことは明白だと思います。

実は、私は、「シェヘラザード」とだけ聞いたときには、一瞬、「え?いまさら?」という思いもよぎったのですよ(苦笑)。ですが、この楽曲を聴いて、イメージの組み換えが楽しみになってきました。ええ。真央ワールドのシェヘラザードを作り上げてほしいと思います。

一点希望をいえば・・・シャヘラザード妃のモチーフで、原曲のなかでバイオリンの高音部の後にハープが続く部分があるのです。これは、とってもはかなくて美しく、真央ちゃんにはピッタリだと思うので(私は以前から真央ちゃんにはピアノだけでなくバイオリンの高音部とハープの音色はともに合うと思ってる)、ここは入れて欲しいっす!!!

★別の鍵コメ様から、ジョン・カリーさんの別の動画(こちら)を教えて頂いたので、ちょっと追記。
この動画を見るとよりはっきり分かるのですが、カリーさんの身体、とてもきれいにターンアウトしているように見えます。体幹も強いしひき上げもきちんとされている感じだし、この方、バレエも平行してなさっていたのですか?「フィギュアに役立つからちょっとバレエレッスン受けてみました。」ってレベルじゃない感じなんですけど。


■すみません、私、最初「ジョン・カリーさん」と書くべきところを、「カート・ブラウニングさん」と書いてアップしてしまいました。リーダーで読んでらっしゃる方、無視してください・・・。そしてもしキャッシュが残ってたら、キャッシュも無視して下さいませ。すみません。
[PR]
by koharu-annex | 2011-09-30 01:42 | フィギュアスケート女子

シェヘラザードでしたか

台風直撃ってことで、わたくし、出先から出勤を拒否って帰宅してきました。夜、焼き鳥屋で大パーティーの予定なんだけど、やっぱりキャンセルなんだろうか(幹事からの連絡待ち)。

コメント下さった方から、真央ちゃんの新SPがシェヘラザードであったことを知らせて頂きました。
返信が滞っててすみませんが、こちらの記事を先にアップさせて頂きます。コメントを下さっている皆様、ごめんなさい。許してちょ(←もしかして時代を共有した人にしか分からない言い回し?こりゃまた失礼)。

さて、シェヘラザード
ロシア5人組の1人、リムスキー・コルサコフの交響組曲で、以下の楽章から成っております。
(演奏時間は、私の持ってる小沢さん指揮シカゴ響のCDによります)

第1楽章 海とシンドバッドの船(9’33”)
第2楽章 カランダール王子の話(11’47”)
第3楽章 若き王子と王女(9’40”)
第4楽章 バグダッドの祭り(11’54”)

コルサコフが「千一夜物語」に触発されて作曲したもので、そういや、シェヘラザードは王妃になるのですよね。すっかり失念!

というのも、バレエ「シェヘラザード」では、シェヘラザードが出てくる本体の物語ではなく、物語の冒頭にあるシャリアール王が女性不信に陥ってしまうエピソードだけに特化しているのですわ。
バレエにおける物語の概要は、以下のとおり(なお、ルジマトフのガラ公演におけるシェヘラザードの感想はこちら)。

シャルアール王の留守中、彼のハーレムにいる愛妾ゾベイダを含むオダリスク達は、看守ユーマクに賄賂を渡し、男奴隷と逢瀬するために奴隷部屋の鍵を手に入れ、彼らを解放する。解放された男奴隷たちは、オダリスクと酒池肉林。ゾベイダもお気に入りの「金の奴隷」と悦楽にふけります。そこへシャリアールが帰還し(もともとゾベイダの不貞を疑っており確かめるために不意打ちで帰ってきた)、男奴隷を全員殺害。ゾベイダの命乞いにもかかわらず「金の奴隷」も殺害。ゾベイダは悲嘆にくれて自害。シャリアール王、どん底へ落ち込む。 おしまい。


f0234686_15371643.jpgディアギレフ率いるロシア・バレエの栄えある創作第1作目がシェヘラザードで、振付はフォーキンです。強烈なオリエンタリズムと、色濃いエロティシズムで大変な人気をはくしたのだとか。

金の奴隷を踊ったのは、ニジンスキーです。この写真は非常に有名なのでご記憶のある方も多いと思います。確か、山岸さんのニジンスキー関連の作品の中でも元ネタとして借用されていたはず。

現在「シェヘラザード」といえばマリインスキー・バレエ団、日本においては同団出身のルジマトフが思い浮かびます。もちろんゾベイダも捨て置けない役柄ですが、なんといってもニジンスキー以来、金の奴隷が注目される演目です。

ということで、バレエ「シェヘラザード」は、あらゆる意味で真央ちゃんのイメージとは一ミリも重なりませんが、元の「千一夜物語」のシェヘラザード王妃は、真央ちゃんのイメージにぴったりではないでしょうか。

シェヘラザードは、極度の女性不信に陥り毎夜夜伽に来た処女たちを翌朝殺し続けていたシャリアール王のもとに自ら覚悟をもって嫁していき、王を苦境から救った上に仁徳ある統治者に導いていく伝説の王妃で、美と知性だけでなく、深い慈愛を持った徳の高い人物であります。
まあ、遠い昔に原作を読破しようとして挫折し、結局、イギリスかどっかのドラマ仕立てのもので「千一夜物語」を知った私が偉そうに言うことではありませんが。

興味深いのは、音楽をどのように編集するかですね~。
[PR]
by koharu-annex | 2011-09-21 16:03 | フィギュアスケート女子
コメントくださった方に教えて頂いたんだけど、真央ちゃんが新SPについて語った部分について動画あるということで、今、何本か見てきました!

まあ、ふふふ。真央ちゃん、随分べっぴんさんになりましたね。
お顔も4月は随分やせていらしたけど、ふっくら柔らかい頬が戻ってきて安心、安心。

キャラクターじゃない、テーマが女王様みたいな・・・っておっしゃってましたよね。
他方、文字のネットニュース報道では、「お姫様」、「物語を演じる」、「華やか」という言葉がありました(動画では確認できていません)。物語を演じるってのは、「キャラクターじゃない、テーマが女王様」という発言とは一瞬矛盾のようにも思えるんだけど、そこのところは深く考えなくてもよいのかな、と。

で、ワタクシこれらを総合考慮して、以下のような演目をピックアップすることにしましたの。
明確なお姫様や女王様にこだわらず、「ザ・主役!」な女性が中心となっているストーリー性のあるバレエまたはオペラの演目で、衣装も音楽もそれなりに華やかなもの。

なんにせよ、皆様ご存知のとおり、以前からわたくしめ、真央ちゃんに演劇的な演目をやって欲しいとネットの隅っこで時折言ってきたので、今回のSPの演目が何であれ、物語のある演目をやって頂けて嬉しい限りです。

では、候補を。
タラソワさんのことを考慮して、初演&発展がどの国が中心であったか記載しておきます(ロシア系とかイギリス系とか)

<かなり可能性が高いと思われる演目>
●オーロラ姫@バレエ「眠れる森の美女」・・・ロシア系
バレエでも、「お姫様」といえば筆頭にあがるオーロラ姫。
チャイコフスキーの三大バレエ音楽の1つである、その音楽も、まさにキラキラと色とりどりの宝石のような輝きを放っています。

ストーリーがあるとはいえ明確なキャラ付けはありませんので、演技力はあまり必要ではありません(その点でも、演劇的演目のファーストステップとしては最適かも)。
「十八番」と言われるために必須な要素は、とにかく幸せなお姫様オーラと、高い技術力です。これも真央ちゃんにぴったり(笑)。

オーロラのテーマだけでなく、ディベルティスマンの様々な楽しい音楽を使用するのも、フィギュアスケートなら許されるのではないでしょうか。
(ストーリー性が弱い演目なので、私もたぶん許せると思う)

●ライモンダ姫@バレエ「ライモンダ」・・・ロシア系
前回も書きましたが、プティパの最後の傑作バレエです。
ロシアではずっと愛されてきているはずです。長年にわたりいろんなバージョンがありますから。
なので、タラソワ女史もよくご存知のはず(笑)。

作曲はグラズノーフ。彼の最初のバレエ音楽としてよく知られています。
チャイコフスキーほどの色彩感あふれる音楽ではないかもしれませんが、上品で美しい旋律がたくさんあります。ライモンダに横恋慕するサラセンの騎士が出てくるので、少しエキゾチックな音楽があるのも素敵なところ。

ライモンダは、華やかで節度のある美しい姫です(しかし高い演技力は必要ありません)。
サラセンの騎士のちょっかいをものともせず、最後に婚約者と結婚します。
(そしてハンガリーの女王になる、という設定のものもあります)

オーロラよりも可能性は大きいかも、ですよ。

●ヴィオレッタ@オペラ「椿姫」・・・イタリア系
高級娼婦ヴィオレッタは、見方によっては女王です。しかも慈悲深い女王です。
全体のストーリーは悲劇ですが、音楽の選択によって華やかで押せると思います。
そして、衣装ももちろん華やか。真央ちゃんにもカメリアは良くお似合いだと思います。

私はバレエ見なので、バレエで使用されるもののうちショパン(真央ちゃんのEXバレリーナの練習風景の音楽です)でお願いしたいけど、やるならオペラのヴェルディでしょうね。


<可能性が若干下がる演目>
●キトリ&ドゥルネシア姫@バレエ「ドンキホーテ」・・・ロシア系
キトリは町娘ですが、気が強くて明るくて町の人気者で、女王様気質があります。
また、バレエのキトリ役は、多くの場合、ドンキホーテの夢の中の理想の姫である「ドゥルネシア姫」も演じます。

プティパの振付で超絶技巧が多く見所が多い演目です。
音楽が庶民的で明るく、テンポが良いので、とっても人気があります。
真央ちゃんならちゃきちゃき動けるでしょうね。キトリとはキャラ違うけど(笑)。

●妖精の女王タイターニア@バレエ「夏の夜の夢」(またの名は「The Dream」)・・・イギリス系
メンデルスゾーン17歳当時の作曲で、天才ぶりが良く分かる華やかで繊細でそりゃー素敵な音楽です。
最後に結婚行進曲があります。

タイターニアは、妖精の王オベロンとインドの少年を取り合って意地を張ったり、そのせいでオベロンからちょっとした意地悪というか悪戯の被害にあってロバに恋させられたり、恋した相手がロバと気づいてびっくりしたり、いろいろ大変ですが(笑)、基本的にはキュートで美しい女王です。

しかし、この演目はイギリス色が強いので、タラソワさんのイメージじゃないでしょうね。

●パミーナ@オペラ「魔笛」・・・ドイツ系
夜の女王と、その娘パミーナ(主役)。
魔笛といえば、パパパなどの楽しい音楽はもちろんですが、最も捨て置けないのは夜の女王の圧巻のアリアです。

が、夜の女王のアリアのときの相手は、パミーナなんですよね。
なので、夜の女王のアリアを使いつつ、パミーナを主軸に構成するのもありかな、と。
モーツァルトの楽しい音楽が沢山ある演目ですし、衣装や演出の派手さや自由さがあって、オペラの中でも一番遊べる演目ですよね。
まあ、「華やか」という言葉のニュアンスとはちょっと違うかもしれませんが(笑)。


<可能性が低いと思われる演目>
●オデット姫@バレエ「白鳥の湖」・・・ロシア系
白鳥を「お姫様」「女王様」と表現することは、あまりないかな、と。

●金平糖の精@バレエ「くるみ割り人形」・・・ロシア系
衣装も音楽も華やかですが、以前やってますからね。ないでしょうね。

●カルメン@バレエあるいはオペラ「カルメン」・・・フランスを中心とした大陸系
永遠のファムファタールは、とんでもなく女王様気質(笑)。
これも以前やってますから、ないでしょうね。
[PR]
by koharu-annex | 2011-06-23 23:14 | フィギュアスケート女子