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by koharu-annex

シーズン雑感 ヴォーカル入りの音楽について

シングルでもOKとなったヴォーカル入りの音楽ですが、安易に使って失敗している例が結構ある、という印象です。

何度も同じこと書いて恐縮ですが、人間の声は最高の楽器と言われるくらいなので、本当にパワーがある。
特に皆が素敵と思うヴォーカル、つまりは素敵な歌を上手い歌手が歌っているほどパワーが大きいので、これを背負って負けずに滑りきるには、そもそも選手に相応の力量が求められます。
選手の力量が至らない場合、音楽との間に齟齬が出来過ぎて・・・はい、ちぐはぐだったり、音楽においてけぼりをくらったり等、悲しい結果となってしまいます。

他方で、パフォーマンスが追いつかない場合に声に背中を押してもらえる、つまりパフォーマンスの足りない部分を補ってもらえることがあるのも、また事実。
しかし、それを狙う場合や、それ以上にパフォーマンスとヴォーカルとの相乗効果を狙うためには、理論だけでは割り切れない相性を、厳格に見極める必要がある。

これらは、スケーターに限らず、ダンサーでも同じです。
(悲劇的な舞台を何度か見たわ・・・)

私が今シーズン見ることができた演目の中では、ガオさん(たぶんフリー)が残念な例として分かり易い。

ガオさんは羨ましいほどの長い手足を持ちながら、四肢を棒きれのようにしか動かすことかできない、宝の持ち腐れの典型でした。ガオさんはそのことに真正面から取り組み、見る側にも分かるほど、改善への地道な努力をコツコツと重ね、昨シーズン辺りから努力の成果が現れ始めていました。

その流れで、「改善されたとはいえ、まだまだ不器用さの残る動きを、声で補充したい」、という思いがガオさんサイドにはあったのかもしれない。とても繊細で美しい女性のヴォーカル入りの楽曲を使用されていました。
(シーズン後に引退されたそうなので、最後にご自身の好きな楽曲で、ということだったのかもしれませんが。まあ、そこはそれ。)

ですが、あの歌声はあまりに繊細過ぎて、逆にまだまだ残るガオさんのムーブメントの荒さを際立たせる結果となってしまっていました。優雅に繊細にとガオさん自身が一生懸命に意識しているのが画面からも伝わってくるだけに、その齟齬が残酷に思えました。

選手の努力を台無しにするどころか、マイナスまで持って行くヴォーカルの怖さ。
あまりに美しく、震えるような繊細さを持つ声だけに、残酷さも倍加。
あな、おそろしや。

昨シーズンそこここで見受けられた、あのパフォーマンスとヴォーカル入りの楽曲との齟齬。
実際に現場で感じると、もっと大きいものであったはず。
なので、来季は、ヴォーカル入りの楽曲、少し減るのではないでしょうかね。

真央ちゃんが、シーズン後に(復帰会見であったかその前であったかは記憶が定かじゃありません)、ヴォーカル入りの楽曲が多かったので、自分はヴォーカル入りじゃないものでやりたい、という類のことをおっしゃっていたという報道に触れて、むべなるかな、と思った次第。
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by koharu-annex | 2015-07-24 14:25 | 2014-2015 フィギュアスケート