もしかしてトホホ(http://blog.livedoor.jp/takurere1025/)の別館です。表現系に特化して更新します。


by koharu-annex

全日本エアロビック選手権大会

皆さま、ご訪問やコメントありがとうございます。
ご返信できないままになっている上、年頭のご挨拶がこんな時期になってしまい、お恥ずかしい限りです。

いい加減なワタクシですが、どうぞ、今年もよろしくお願いいたします。

さて、しつこい風邪でこの年末年始は外出を控えていたワタクシ、テレビ漬けの日々でございました。
そんな中、人生で初めて、競技エアロビクス(=エアロビックと呼ぶらしい)の日本選手権を拝見したのでありますよ(NHK BS)。

社団法人日本エアロビック連盟のサイトによれば、競技の概要は以下のとおり。
競技では、種目別に7.0m四方と10m四方の競技エリアを使用し、エアロビック動作やエレメントと呼ばれる難度別の動作を組み合わせた演技(ルーティン)を「芸術」「技術」「難度」の観点から審判員が採点し、その合計点で優劣を競います。
で、採点は以下のとおり。
●芸術審判は、ルーティン(演技)の構成と内容、プレゼンテーション(表現力)について評価します。【10点満点】
●技術審判は、全ての動作について完成度や遂行度を評価します。【10点満点】
●難度審判は、エレメント(難度動作)の遂行度を評価します。各エレメントにつき(0.1~1.0)の範囲で加点されます。
●禁止動作: 宙返りなどの体操競技の技は禁止動作とされています。
印象としては、複数のエレメント(難度がついている動作)の間を、エアロビック動作(これも採点対象)で埋めている感じ。エレメントについては、こちらのPDFを見ると楽しいです。

エアロビック動作は、皆様ご想像の通り、リズミカルに跳ねて移動するような動作が主体。しかも、エレメント以外では常にエアロビック動作をしている状態なので、音楽のテンポは全ての選手の演技において、終始一貫して早めのテンポになります。実質的にはスローパートは一切なしと考えてよい。
また、リズムについても、含まれる全てのエアロビック動作を均一に遂行していることを示すためなのでしょうけれども、単純で画一的なものでした。

音楽は各選手が個別に用意するようで、中にはゴッドファーザーとかあるんだけど、全て早めの画一的なテンポとリズムにアレンジされています。「おお、この曲がこんなポップで機械的な音楽に!?」となかなか面白いです(笑)。

このエアロビの視聴は、ものすごく考えさせられましたね~。
何って、表現とその評価についてです。

身体表現という観点から見た場合、競技エアロビックには、動作と音楽について極めて大きな制限があります。
制限が大きいだけに、一見しただけだと、その演技はどれも変わり映えしない画一的なものに見えがちだし、評価としては個々のエレメントやエアロビック動作が綺麗にちゃんと出来たかどうか以外、判断できないんじゃないかとすら思えます。

しかし!
採点では「芸術点」が最初にくるんですよ。この芸術点の内容は、上記のとおり、演技の構成と内容、そして表現(プレゼンテーション)です。テレビ実況でも、「この音楽によく合っている。」「音楽の表現という意味ではもう少し改善の余地がある。」、「この音楽の世界観をよく表している(あるいは世界観というところまでは至らなかった)。」などと解説されていました。

最初、かなり衝撃を受けましたよ。
ええっ?こんなポップな動きしながら、ゴッドファーザーの世界観って!?みたいな。

ただ、ずっと見続けていると、ミクロな世界が存在することが分かってくるわけです。あ~、言い方がうまくないな。ミクロな世界というよりも、私が向こうに何もないと思っていた壁の向こう側に、実は存在していたアナザーワールドって感じですかね。もちろん、見続けていくうちに、壁はどんどん薄く半透明になっていきます(まだ厳然とそこに存在はしてるけどね)。

かくも厳しい制限の中で、音楽と世界観の表現へ向けた飽くなき工夫と格闘をしている人達がいることを知って、ちょっと感服しました。

厳しい制限の中で「表現」を表出するためには、どうしてもエレメントとエアロビック動作の高い技術が必要です。
技術がそこそこでも、表現の地力やルックスで多少のフォローが可能、という他の身体表現(たとえば舞台系や店舗での小規模なショー)にありがちな、口の悪い厳しい言い方をすれば「ある種のごまかし」のようなものが、競技エアロビックでは、まず不可能に思えました。表現の前提として、エレメントとエアロビック動作の完璧なフォルムと動作を行えることが必要で、そうするとそれらを支える体幹の強さと俊敏さは必須。これらがないと表現を表出する土俵にまず立てない感じです。技術の未熟さは、即、次の動作への遅れや(残酷にもアップテンポの音楽のリズムとテンポに遅れるのでモロばれ)、移動距離の短さとして、目に見える形で表れてしまいますので。

実際、表現を表出できるところまで達している気がする・・・と私が感じた選手というのは、技術の仕上がり自体にも非常に安定感がありました(もちろん私程度の人間が見ていて安定感を感じるという話だけども)。
採点を見たところ(こちら参照)、芸術点と技術点で逆転現象も起きてはいるのだけども(これは各エレメントに難易度に応じた点数があるのでしょうから、当然出てくることだと思います)、大きな乖離というのはないような気がします。

こういう、なんというんでしょう、制限があまりに多すぎて技術と表現があまりずれないというか、重要なところではほぼ表裏一体になっている競技というのは、採点に疑義が生じてもその疑義の程度はたかが知れているのではないでしょうかね。逆に言うと、制限がなくなればなくなるほど、表現の自由度が上がり、必然的に採点にも大きな疑義が生まれやすくなると。

ただ、自分が自由度が極端に低いものを「表現」として見たいかといえば、それはないなあ。
今回、競技エアロビックをずっと見続けたけど、それはいわゆる「表現」を見たいからではなく、技術を行っている選手の身体やその動きそのものが、単純に美しいからですよ。鍛錬されたアスリートの身体が動いているのって、本当に美しいから(実際、ほんとに綺麗だったんですよ!!!!)。・・・でも、言ってしまえば、それだけ。テレビつけてやってたら見ると思うけど、積極的に録画しようとは思わん。
> 競技エアロビックを愛する方々、すみません、本当にすみません。

フィギュアスケートがこんなに人気があるのも、真央ちゃんや高橋さんという稀代のスターの存在は大きいのでしょうけど、その前提として、フィギュアスケートが比較的自由度の高い競技で様々な表現ができるからじゃないかなあと思う次第。採点方法も含め採点について議論百出するのは、その副産物といえるかもしれません。

あー、新年一発目が、取りとめない話になってしまってスミマセン・・・。
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by Koharu-annex | 2013-01-17 18:26 | 考察(フィギュアスケート含む)