もしかしてトホホ(http://blog.livedoor.jp/takurere1025/)の別館です。表現系に特化して更新します。


by koharu-annex

ジゼルについて(1)

皆様、お久しゅうございます。
いろいろ思うところは山ほど!なのですが、今回からは、通常マターの記事にさせて頂きますので、ご了承下さい。

さて。
以前から、キムヨナちゃんのSP(ですよね?)がジゼルであるということで、バレエ見のワタクシめの意見はどない?というコメントを複数頂いております。

そこで、今回は、まずバレエ作品「ジゼル」におけるジゼルとは、そもそもどんな少女なのか、というところからご説明したいと思います。

ジゼルについてなーんも知らないという方は、とりあえずウィキペディアのジゼルのページ(こちら)に、ざっと目を通してください(ただし、このウィキさんの記載の中には正確とは言い難い部分があります。たとえば、「主人公が死装束で踊る」というくだりとか。とはいえ、ざっくり把握する分にはウィキさんで充分です)。

ジゼルは2幕もののバレエですが、1幕と2幕では対照的な世界が描かれます。
1幕・・・生の世界、明るい農村の昼間、楽しい会話と踊り、恋人達のじゃれあい
2幕・・・死の世界、月光のみの夜の墓場、死の世界の踊り、死へ向かう踊り

このうち本来ジゼルという作品が描きたかった世界は、2幕の世界です。
これ、とても重要なので、きちんと説明します。

ジゼルは、18~19世紀にヨーロッパを席巻したロマン主義の流れの中にある、一連のバレエの代表格です。バレエ作品における「ロマン主義」というのは、ごく乱暴にまとめてしまえば、幻想的なものや異国的または地方色豊かで叙情的なものへの志向で、これに属する作品はロマンティック・バレエと呼ばれます。

ジゼルの初演は1841年ですが、後世よく研究されているバレエ作品の1つでして、ネタ元もきちんと確認されています。その主なものは、以下の2つです。

 ① マイヤベーア作曲オペラ「悪魔ロベール」(1831年)におけるバレエシーン
 ② ハイネがフランスで紹介したゲルマンやスラブ民族における精霊伝説

まず、①「悪魔ロベール」のバレエシーンというのは、悪魔が歌を歌うと、尼僧院のお墓から亡くなったはずの尼さん達の亡霊(ゾンビ?)が出てきて踊る、というものです。ついでに言うと、この尼さん達は全員、生前姦淫の破戒を行っているという前提があり、男性主人公を誘惑するという、設定です。

次に、②の精霊伝説ですが、概説が困難なので日本語訳を引用します。
「その地方で『ヴィリス』という名で知られている踊り子たちの幽霊伝説である。ヴィリスは結婚式をあげるまえに死んだ花嫁たちである。このかわいそうな若い女たちは墓のなかでじっと眠っていることができない。彼女たちの死せる心の中に、死せる足に、生前自分で十分満足させることができなかったあのダンスの楽しみが今なお生きつづけている。そして夜中に地上にあがってきて、大通りに群れなして集まる。そんなところへ出くわした若い男はあわれだ。彼はヴィリスたちと踊らなければならない。彼女らはその若い男に放縦な凶暴さで抱きつく。そして彼は休むひまもあらばこそ、彼女らと踊りぬいてしまいに死んでしまう。婚礼の晴れ着に飾られて、頭には花の美しい冠とひらひらなびくリボンをつけて、指にはきらきら輝く指輪をはめて、ヴィリスたちはエルフェと同じように月光をあびて踊る。彼女らの顔は雪のように真っ白であるが、若々しくて美しい。そして神秘的な淫蕩さで、幸せを約束するようにうなずきかけてくる。この死せる酒神の巫女たちにさからうことはできない。」(ハイネ著・小沢俊夫訳「流刑の神々 精霊物語」岩波文庫)

このネタ元が示すように、ジゼルの本丸は2幕の死の世界。
処女性を念頭においたちょっとだけエロい香りをまといつつ(当時としてはおそらくココが案外重要だと思う)、多くの女性幽霊どもが幻想的に踊って男に絡んでくる、というある種の雰囲気に満ちた世界観を見せること、これが念頭に置かれてる(現代ではかなり薄くなってますが)。

この2幕で、主人公ジゼルをこの雰囲気の真ん中に置くために、彼女には一旦死んでもらわなくちゃいけない。
そのために1幕は用意されていて、そこでは、彼女が元は生の世界にいたことを示し、亡くなって死の世界に来たことが分かるような展開がなされることになります。

この1幕で生から死への道筋を示す際に、後にウィリに絡まれることとなる男性を2人登場させたことが、「ジゼル」を今でも上演される大ヒット作にした要因の1つだと思います。(もう1つ絶対挙げたい要因は2幕の群舞の美しさ)
が、今回は、男性陣への言及は最低限にしますね。

1幕のジゼルの死ですが、正直、ちょっと無理があるのです。
踊りが大好きで、しかも、すごーく上手に踊れる少女ジゼルが、結婚前に突然昇天する、という展開をもたらすために、「ジゼル」が取ったストーリーは・・・



恋人の裏切りによる狂乱死



狂乱で死亡って。。。。うーん、無理無理です。(そのため、ここを自殺にしちゃうバージョンもあります。でも、キリスト教との関係で特定の国や地域では上演の際に問題が生じることが懸念されたりするらしいです。)
前提として、踊りは好きだが心臓が弱い、という昔の少女漫画のような設定をしていても、やっぱり苦しい。

しかも、恋人の裏切りが、「最近ちょっと村人のふりして美しいジゼルと戯れて遊んでたけど、実は貴族で婚約者がいた」って・・・そこも無理無理でしょ。

ジゼルは生まれも(←別バージョンあり)育ちも村娘のくせに、突然村に現れた得たいの知れない男を、怪しいと思わなかったの?
時々消えて、時々あらわれるって、そんな村人あり?
その男はどんな仕事をしてると思ってたの?
もしかして、フーテンの寅さんもどきと思ってた?でも、村娘にとって、働いてない男って圧倒的にあかんでしょ。
そもそも、立ち居振る舞いも、着ている服も(貴族の象徴である剣とマントは隠してるけど)、自分とは違う世界の人だと気づかないのは、いかにもおかしい。
恋は盲目といえども、恋、なかんずく10代の恋なんてものは、不安を必ず伴うもの、それは相手の男性の全ての発言と彼を取り巻く全ての要素への注目につながるはずで、そこに矛盾があることになんら気づかない、というのは、端的にいうと「おばかさん」です。

もちろん、彼は普通の村人ではないのでは?もしかして高貴なお方では?・・・と思いつつも、恋にまっしぐらということはあり得るけど、その場合は、心の奥底では身分違い等で結ばれない恋だと既に気付いていたはずで、狂乱にまで至るなんてますます無理がある。

という次第で、この「無理」をフォローするためには、ジゼル本人がそういう無理なことを実現しちゃう大変人である必要があるわけですよ。

つまり、結論からいえば、ジゼルってば、おばかさんで、客観的に物事を見ることができなくて、思い込みが激しくて、興奮し易い、とっても変わった女の子、という側面がある、と判断せざるを得ない。

ところが、このおばかで思い込みの激しい資質が、2幕で、精霊ウィリ(妖精と書かれることもあるけど、実態はゾンビとか、幽霊とか、悪霊とかその手の類)になった後においてすら、恋人を一途に思い、ウィリ仲間から彼を守り抜く、という変人ならぬ変ウィリにつながっていくわけです。

上記のことが確信犯的に設定されたことなのか、それとも偶然の産物なのかは分からないけれど、1幕で生じていた無理がそのまま破綻に進むのではなく、一応の落ち着きどころを見つけ、2幕で最終的に見るものを納得させる結論に至っている、という点は、バレエ「ジゼル」の素晴らしいところです。


次回は、以上を前提に、現代の「ジゼル」の見所と、これまでのフィギュアスケートにおけるジゼルについて。
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by koharu-annex | 2011-04-26 23:47 | フィギュアスケート女子