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by koharu-annex

英国ロイヤルバレエ「うたかたの恋」

英国ロイヤル・バレエ団 2010年日本公演 「うたかたの恋」(マイヤーリング)
2010年6月23日(水)午後6時30分 @東京文化会館

振付: ケネス・マクミラン
音楽: フランツ・リスト
編曲: ジョン・ランチベリー

【出演】
ルドルフ(オーストリア=ハンガリー帝国皇太子): ヨハン・コボー
男爵令嬢マリー・ヴェッツェラ(リドルフの愛人): リャーン・ベンジャミン

ステファニー王女(ルドルフの妻): エマ=ジェーン・マグワイヤ
オーストリア=ハンガリー帝国皇帝フランツ・ヨーゼフ(ルドルフの父): クリストファー・サウンダース
エリザベート皇后(ルドルフの母): クリステン・マクナリー
伯爵夫人マリー・ラリッシュ(皇后付きの女官、ルドルフの元愛人): ラウラ・モレーラ
男爵夫人ヘレナ・ヴェッツェラ(マリー・ヴェッツェラの母): ジェネシア・ロサート

ブラットフィッシュ(ルドルフの個人付き御者、人気者の芸人): ジョナサン・ハウエルズ
ゾフィー大公妃(フランツ・ヨーゼフの母): ウルスラ・ハジェリ
ミッツィ・カスパル(ルドルフの馴染みの高級娼婦): ヘレン・クロウフォード
ベイミードルトン大佐(エリザベートの愛人): ギャリー・エイヴィス
4人のハンガリー高官(ルドルフの友人): ホセ・マルティン、ブライアン・マロニー、ヨハネス・ステパネク、アンドレイ・ウスペンスキー

カタリーナ・シュラット(歌手、独唱): エイザベス・シコラ
アルフレート・グリュンフェルト(ピアノ独奏): ポール・ストバート

エドゥアルド・ターフェ伯爵(オーストリア=ハンガリー帝国ノ首相): アラステア・マリオット
ホイオス伯爵(ルドルフの友人): ヴァレリー・ヒリストフ
ルイーズ公女(ステファニーの妹): サマンサ・レイン
コーブルグ公フィリップ:(ルイーズの夫、ルドルフの友人): デヴィッド・ピカリング
ギーゼラ公女(ルドルフの姉): オリヴィア・カウリー
ヴァレリー公女(ルドルフの妹): セリサ・デュアナ
ヴァレリー公女の子供時代: ロマニー・パジャク
マリー・ヴェッツェラの子供時代: リャーン・ベンジャミン
ロシェック(ルドルフの従者): ジェームズ・ヘイ
ラリッシュ伯爵: ベネット・ガートサイド

指揮: バリー・ワーズワース
演奏: 東京フィルハーモニー交響楽団

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今回のロイヤルの来日で、最も楽しみにしていた演目は、この「うたかたの恋」(マイヤーリング)です。ロイヤルではメジャーな演目ですが、日本ではなーんと23年ぶり。

私ももちろん生舞台は未見でしたので、バレエ本等で読むたびずーっと「観たいなあ~」と思っていたのでした。なので、本当は22日~24日全ての「うたかた」公演を見たかったのですけど、全部平日やんけ!(リーズとロミジュリは週末にも日程が設定してあるので、当初から日本では馴染みのない「うたかた」は人気が無いと踏んでいたのでしょう・・・ちっ!)ということで、比較的自由になる水曜日しか観られなかったのでした・・・残念。

ちなみに、この日ルドルフを演じたヨハン・コボーは、この公演の翌々日、身内に重病人が出たそうで急遽母国デンマークに帰国され、26日のコジョカルとのロミジュリを降板されたそうです(こちら ・・・奥様のコジョカルは一緒に帰国しなくても大丈夫だったのかしら? なお、26日のコジョカル&コボー夫妻のロミジュリは、都さんのジュリエット以外で即行売り切れた唯一の公演です。ショックを受けたファンの皆様も多かろうと・・・)。

さて、この「うたかたの恋」の物語のネタ元は、実話。
19世紀末のオーストリア=ハンガリー帝国において、時の皇太子ルドルフが、ウィーン郊外の狩猟地マイヤーリングの館で、当時17歳の愛人マリーとともに情死した(享年30歳)、とされている事件です(1889年1月30日)。

ルドルフ皇太子のご両親はこちら。

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ご覧のとおり、ご母堂はハプスブルク帝国史上最もべっぴんさんな皇后として有名なエリザベート。ご尊父はハプスブルク帝国の実質上最後の皇帝であり、「オーストリアの国父」とも呼ばれたフランツ・ヨーゼフ1世であります。

ルドルフ皇太子についてご存じない方でも、この出自だけで「この人、やばそうだな」と想像されるのではないでしょうか。こちらがご本人とその情死の相手とされているマリー男爵令嬢です。

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政治と分離され象徴となっている現在の日本の天皇と皇室のことでさえ、客観的事実を知ることが不可能であるように、こういうお家における客観的真実というものは、文字通り「藪の中」(by芥川)です。19世紀末~20世紀の混迷を極めていたハプスブルク帝国末期においては、なおさらであります。

たとえば・・・

●エリザベートとヨーゼフ1世の夫婦仲
  (1) お互い自由を認め合っていただけで、生活は別々でも、最後まで愛し合っていた。(フランツの愛人はエリザベート公認であり、もともと旅にあけくれるエリザベートが夫に申し訳なくて紹介したとする説も)
  (2) 最初は良かったが、結婚後ほどなくして完全に冷え切っていた。
  (3) そもそもエリザベートはヨーゼフ1世に対し愛情を感じたことはなかった。(愛人の紹介はフランツとの関係をもちたくないため、とも)

●エリザベートの子育てに対する姿勢
  (1) エリザベート自身が、自ら子育てを放棄した。
  (2) 姑ゾフィーにルドルフを取り上げられたために、子育てをしたくてもできなかった。

● エリザベートとルドルフの関係性
  (1) ルドルフはもともとエリザベート似の性格で、自由主義的な教育のおかげで思想も似ていたので、関係は良かった。(エリザベートはルドルフの死後、ずっと喪服で通している)
  (2) エリザベートに母性は無く、また旅に明け暮れていたので、ルドルフとの間に母子であるがゆえの信頼性はなく、関係性は良いとはいえない。(喪服の件は、亡くなってようやく母性が目覚めた、あるいは後悔の念と解釈)

● ルドルフについて
  (1) 聡明な後継者として、期待されていた。
  (2) 知性はともかく、統治者としてはあれはあかんと否定的に評価されていた。
  (3) 既に20代からモルヒネ中毒であり性病にも罹患し、情死する頃には脳もやられはじめていた。

● 男爵令嬢マリーとの関係性
  (1) ルドルフとマリーは真実愛し合っており、ルドルフは当時の妃と離婚してマリーと再婚したがっていた。
  (2) ルドルフの1番のお気に入りは別の高級娼婦(ミッツィ)であり、マリーに対してはそこまでの愛情を持っていなかった。
  (3) ルドルフとマリーは真剣に愛し合った時期もあったが、情死の頃には既にさめていた。

● 死の真相
  (1) ある勢力がルドルフを暗殺したのに、マリーとの情死にみせかけた。
  (2) マリーに別れ話をもちかけたが、マリーは妊娠しておりこれを拒絶。にっちもさっちも・・・な状況に追い込まれたルドルフは、マリーを殺して自殺することを選択。
  (3) 愛し合っているルドルフとマリーが将来のない未来を否定して、心中することを2人で選択。
  (4) ルドルフは、本当はミッツィ(彼の一番お気に入りの高級娼婦)と心中したかったのであるが、ミッツィに断られたため、応諾してくれたマリーと心中した(マリーは恋に恋している状態)。


バレエ「うたかたの恋」においては、以下の説がプロットの前提となっております。

◎ エリザベートとヨーゼフ1世の夫婦仲は冷めていて、お互い愛人がいる。
◎ エリザベートはそもそも母性に欠けて子育てを放棄、ルドルフが愛情を示してもむしろ疎ましく思っている。しかし、情死の直前の頃のルドルフには一抹の不安を感じ、初めて母親らしい面を見せようとする。
◎ ルドルフは愛に飢えた神経過敏な人物で、精神的に分かり易く壊れかけており、娼婦や夜の街に逃げ場を求め、モルヒネもやっている。
◎ 高級娼婦ミッツィがお気に入りであるが、マリー男爵令嬢ともきっちり愛人関係を結んでいる。
◎ ミッツィに心中も持ちかけたがすげなく拒絶されて、乗せ易いマリーを道連れにしたのだが、現場ではお互い心中に向けて心を一つにしている(が、心中の位置づけは各人の内心で異なっている)。


このように、バレエ「うたかたの恋」におけるルドルフの人物像というのは極めて複雑なので、バレエの男性ダンサーの役柄としては、最も困難なものと言われております(次点はオネーギン)。

この日のヨハン・コボーは、ルドルフの心情を余すことなく表現しており、素晴らしかったと思います。見ている間中、私は、コボーを見ていることを忘れ、彼が演じるルドルフそのものに、同情したり、しっかりせんかーとムカついたり、そっち方向に行くなよ、愚か者ー!と叫んだりしていましたよ(ストーリー知ってるくせにね。笑)。
いやいや、彼はこの先も、「コジョカルの旦那」と言われてしまうことはないでしょう。

リャーン・ベンジャミンは、もうかなりのベテランダンサー(ロイヤルでプリンシパルを張って、もう17年…)です。
が、マリーの、若いくせにエロチックな野心家で、生意気にもルドルフを堂々と誘惑したり(ルドルフは内心嘲笑していたでしょうけどね)、他方で、恋に恋している状態で、何の規範意識も宗教的な感覚も持たず、積極的に心中に突き進むという、限りなくおバカな若い情熱だけは十二分に持っているという、歪んだアホ娘を妙に説得的に演じていて、コボーの熱演とのバランスがとても良かった。

満足な公演でした。
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by koharu-annex | 2010-07-11 21:24 | バレエ(英国ロイヤル)