もしかしてトホホ(http://blog.livedoor.jp/takurere1025/)の別館です。表現系に特化して更新します。


by koharu-annex

友から真央ちゃんのリクエストが・・・

中野さんの記事にかこつけて(?)、友から真央ちゃんの音楽表現についてメールがありました。
あと、同じく中野さんの記事をアップした際、真央ちゃんに言及されたコメントをいくつか頂いております。
かつ、私の書き方のせいで、若干、誤解を与えてしまったかなと思われるコメントも頂きました。

なので、まとめてクリアにしておきたく。

中野さんの記事の最終的な目標は、「火の鳥」の拍子取りが自前でできない私に、身体で拍子を取ってくれて、この楽曲の本当の姿を分からせてくれた事に対する、中野さんへの御礼コメントを導くことでした。

なので、表現者の有する「音楽に対する様々なセンス」のうち、特別に「拍子のカウント能力」にフォーカスして書きました。
そもそも、私は、拍子をちゃんとカウントできる、というのは特にバレエにおける「音楽性」と呼ばれるものの最も基本であり、バレエにおいて「音楽をよく表現している」ことの根本にはこの拍子カウントの正確性がある、と考えています。そして、中野さんがクラシックバレエの楽曲をよく使用されていることもあって、その視点から、中野さんを褒めて、且つお礼が言いたかったので、「拍子のカウント能力」にフォーカスしました。

しかし、「拍子のカウントができる」というだけで、「音楽を表現」できるかといえば、当然、そうではないです。
洋の東西を問わず、音楽つきの身体表現は、音楽の三要素のうちリズム、メロディ、そしてこの2つに密接に関連する、拍子、大小のフレーズ、音の強弱のほか、三要素の最後の要素であるハーモニーに関連する音の響きや音色、これら全てから構成される音楽の「世界観」を、全て意識して表そうとします。

なので、これら全てを完璧に理解して、それを完璧に身体表現に変換できる、というのがベストです。
もちろん、選手それぞれ、個々の要素へのセンスには凸凹がある。また、演目や振付によっても、上記の要素のうちいくつかを意図的あるいは仕方なく無視する、ということもあるでしょう。しかし、少なくともプロのダンサーや、アマチュアでもトップの方々が、能力的に特定の要素に対するセンスがゼロ、などということは有り得ないと思います。

なので、中野さんも他の選手も、拍子カウント能力や他の要素への能力全てを、当然にお持ちだと思っていい。あるのは、その能力のレベルの高低差だけです。
そして、中野さんの「火の鳥」は、このうち「拍子」に対する能力が高い、ということが良く分かる演目だった、ということです。もちろん、中野さんだって、「火の鳥」において、「拍子のカウント」だけで音楽を表現していたわけではありません。

中野さんの記事のせいで、上記に関連する誤解を招いたとしたら、言葉が足りませんでした。申し訳ないです。


さて、真央ちゃんですなぁ。
彼女は、拍子取りセンス(Aの能力)も音楽に対する他のセンスも比較的高いと思います。今更言うまでもないですが。私が、おぉこれは!と思ったのは、ドビュッシーのベルガマスク組曲の「月の光」のときですね。

ただ、本来「音楽性」って身体表現ではマイナーな美点ですから、一般論として、最初に褒められる点ではないですよね。しかも、真央ちゃんて、音楽に対するセンスのほかに、とても美点の多い表現者です。

なので、個人的な特別事情があった中野さんの音楽性は別として、「表現力」が過小評価されてる真央ちゃんに関することといえども、「音楽に対するセンス」だけ取り上げるのは、あまりにニッチ・・・という気がします。

ということで、次回になりますが、真央ちゃんのこれまでの「音楽的な演目」に対する小さな考察と、これからの「演劇的演目」の可能性について書きたいと思います。
(実は、この点については、真央ちゃんの記事のコメント欄に、ひっそりコメント下さる方々とまったりお話ししているのでした。笑)
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by koharu-annex | 2010-05-24 12:54 | フィギュアスケート女子