もしかしてトホホ(http://blog.livedoor.jp/takurere1025/)の別館です。表現系に特化して更新します。


by koharu-annex

<中編>「音楽を表現する」って? 中野さんへの感謝をこめて

後編書いてたら、超~長くなりそうなので、この中編の末尾に後編の一部を移ししました。青字の部分です。

*ここで使われている言葉(拍子、リズム、フレーズ、メロディ)の関係性は、<前編>をご参照ください。

後編じゃなくて、中編にしました。すみません。

さて。
「音楽に寄り添い、音楽と同化する方向の音楽性」(Aの能力)を持っている人って、以下のような特徴を持っています。

(1) 楽譜を見ずに音楽を聴いただけで、たいていの「拍子」を感覚的に取ることができる。
(2) その楽曲のメロディやリズムがどうあろうと、「拍子」を感じながら、実演(演奏や舞踊)をすることができる。
(3) 実演中に自分の内部でカウントしている「拍子」と、そのテンポが、極めて正確(外の音が消えても問題なし)。


統計取ったわけではなく私の見てきた感覚に過ぎませんが、一般的に、人間の拍子の感覚って以下のようなものだと思います(メロディとリズムが変な曲だとそのせいでまた違ってくるので、全ての楽曲に共通とはいえませんが)。

●2拍子、3拍子、4拍子 
→ 多くの人が拍子を取ることができる。

●6拍子、9拍子、12拍子など
→ 正確に拍子を取れる人がぐっと少なくなる。
2拍子、3拍子、4拍子と単純化して取っても多くの場合問題ないでしょうが、正確に取っている人とは「きちっと」感が違う感じがしますわね。

●5拍子、7拍子、13拍子など
→ 多くの人が拍子を取れない。
実演の際には、例えば5拍子なら「1・2、1・2・3」または「1・2・3、1・2」というふうに、7拍子なら「1・2・3、1・2・3・4」というふうに、2拍子、3拍子、4拍子に分解してカウントすることが多いと思います。

●曲の途中で拍子が変更
→ 殆どの人が対応できない。難しい曲になると、楽譜を見ても拍子が取れない。


Aの能力を持つ人が、上記の全ての拍子について、(1)~(3)の特徴を発揮できるかというと、そうでもなくて、そこにレベルの違いがあるのは確かです。
また、Aの能力って磨くことが可能なので、最初は変わった拍子や変化する拍子に対応できなくても訓練によってある程度対応できることもあると思います。

他方で、拍子を正確に取れる人って案外少ないのに、どうして踊れる人ってそれよりも多いの?、という疑問が浮上するわけですわね。

それはね~、私の見た感じでは、基本的にはその楽曲の個々のフレーズ(+リズム)単位で振付を把握しており、拍子はどうしても必要な箇所だけ最低限度で把握する、というやり方をしているからなんですわね。

具体的に説明しましょう。 
例えば、童謡の「ぞうさん」に簡単なお遊戯を振付けたとします。
たいていの人は、「ぞ~ぉさん♪」、「お~はなが♪」、「ながいのね♪」、などのフレーズ(+リズム)単位で振付を把握します。

だけどね。音楽性が高い人は違う。

「ぞうさん」って・・・3拍子なんですよ。

「ぞうさん」を踊るのに、3拍子を感じながら踊る人ってものすごく少ない。賭けてもいいけど、絶対少ない。でも、音楽性の高い人って、ワルツには程遠い、この「ぞうさん」ですら3拍子を感じながら踊る、ということですわね。
ニュアンス伝わったかなあ~。


で、次に出てくる疑問は、「拍子を感じながら踊っている人」と、「フレーズ単位で踊っている人」では、何が違うのか?という点。

この答えは単純。

前者は「音楽と同時に動いてる」、後者は「音楽が聴こえてから動いてる」ってことです。
もちろん後者でも、拍子がずれるほど動きが遅くなることはないですから、この違いは、非常~に、幽き(かそけき)違いです。
特に、「ぞうさん」レベルの曲で違いは見えません(笑)。

が、一般論として、たくさん、たくさん、たくさん、音楽付きの「身体表現」を見ていると、だんだん幽き違いが見えてくるんです。
そして、その表現者が、比較的ちゃんと「音楽と同時に動いている」人なのか否かが、何となく分かってくる。
ごめんなさい。この部分についてはもうこれ以上具体的にいえなくて、そうなるのとしか言いようがない。

ただ、Aの能力の「レベル」の判断は、曲と振付が判断向きのものじゃないと難しいです。
仮にAの能力が低かったとしても、拍子ではなくフレーズ(+リズム)で振付をこなせる演目の方が多いと思うんですね、数からすると。
だから、Aの能力の「レベル」の判断って、拍子取りが難しい曲で、なおかつ拍子が分かっていないとできない振付である場合じゃないと明白にはできない、といえるのですわ。

はあ、やっと行き着いた。
そこで、中野さんの「火の鳥」なんですわ!

じゃあ、後編でまた!

<後編の一部を移動させました>

「火の鳥」は、ストラヴィンスキー作曲のバレエ音楽です。

バレエをあまりご存知でない方も多いでしょうから、ちょっと説明させて下さいね。
「火の鳥」は、ロシアの複数の民話を基にした物語バレエです。バレエ・リュスという、バレエ史的にいうと革命的なバレエ団が1910年にパリで初演しました(バレエ・リュスとはロシアバレエ団という意味ですが、主な活動地域はヨーロッパです)。

バレエ・リュスの主催者ディアギレフは、史上3本の指に入るであろう優秀な興行主で、また、「天才を見出す天才」というべき人です。ストラヴィンスキーも彼に見出された芸術家の1人で、「火の鳥」の以来を受けた当時、彼は地元ロシアですら無名でした。

ストラヴィンスキーの「火の鳥」の作曲過程は、振付家フォーキンの台本作成&振付と並行して行われています(これについては興味深い話があるのですが、ここでは無視)。
結果として、バレエ「火の鳥」は初演から大成功。ストラヴィンスキーは、世界デビューと同時に名声を手にします。ストラヴィンスキー28歳の年。

その後たて続けに、彼は、バレエ・リュスのために、「ペトルーシュカ」(1911年)、「春の祭典」(1913年)を作曲します。「火の鳥」とあわせてこの3曲は、ストラヴィンスキーの三大バレエ音楽と呼ばれていますが、おそらく彼の作品群の中でも、かなり有名な楽曲ではないでしょうか。特に「春の祭典」は、20世紀音楽の傑作中の傑作などと呼ばれていますので、バレエ音楽と知らない方も多いのでは?(バレエ音楽って、基本、下に見られてる気がするので・・・)

ストラヴィンスキーのバレエ音楽には以下の特色があるのですが、これらは作曲の順番が後になるほど顕著になってる感じです。(つまり「春の祭典」に最もどぎつく出ている)

① 攻撃的あるいは緊張感あふれる音色バリバリの不協和音(複調を含む)
② メロディよりもむしろリズムが主役となっている主題
③ 変拍子が多く、おまけに短い時間でコロコロと変化する

こういう曲は、演奏家もやりづらいでしょうが(実際、難曲と言われているそうです)、ダンサーも踊りづらい。
「春の祭典」にいたっては、舞台上のダンサーが「1、2、3」とカウントを取っている声が聞こえた、という話もあるくらい(たぶんニジンスキー版だったと思う)。

白状すると、私は、ストラヴィンスキーの音楽がとっても苦手です。
でも、彼が曲を提供している演目は、バレエ史やバレエの全体像を把握する上で、重要かつ必須の演目が多いのです。なので、仕方なく、無理に無理を重ねて、「火の鳥」も、「ペトリューシュカ」も、「春の祭典」も、何度も何度も、すごーくガマンして観てる。
それでも、未だに苦手です(過去のこちらの記事ご参照)。 だから、バレエ「火の鳥」みてても、「早く終わって・・・」と後半は願っちゃってることが結構ある。

ところが。
そんなワタクシめが、中野さんの「火の鳥」を最初に見たとき、目だけでなく「耳」を奪われたわけですよ!

火の鳥って、こんな音楽だったんだ!


と、ものすごく驚いて、テレビの前で凍りついたように中野さんの演技を見続けたことを、今でも鮮明に覚えてる。

で、私は、分析するわけだな、どうしてそう感じたのか、その理由を。


<以下、本当に後編に続く、と>

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by koharu-annex | 2010-05-14 15:40 | 考察(フィギュアスケート含む)